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札幌市にある北海高等学校から
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「校長先生から」カテゴリの記事一覧

平成28年度 前期終業式にて

2016年09月28日校長先生から

 今日で前期が終了し、今年度も半分が過ぎたことになります。
目には見えないけれども時の流れは速いものです。今週末には10月に入り、後期をということになります。
3年生は進路決定の大切な時期を迎えます。それぞれの進路目標の実現に向けて、最後までベストを尽くして頑張ってください。
2年生は修学旅行ということになりますが、とかく中だるみが指摘される時期でもあります。2年生の後期をどう過ごすかということは、進路実現に関しては決定的に重要だといっていいと思います。将来をしっかり見据えながら、メリハリのある生活を心がけてほしい。
1年生は、進路決定の第一歩ともいえる選択調査などがあります。進路学習を深めなければならない時期です。
それぞれに自分に与えられている課題、なさねばならないことをしっかり認識して具体的な取り組みを進めてほしいと思います。

 さて、前期は野球部が甲子園で準優勝したり、弁論部が全国最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞したりと、運動部・文化部ともに君たちの活躍が目覚ましかったと思います。
野球部は歴代「最弱」と心無いいわれかたをしていた時期もあったようですけれど、その逆境を乗り越えて甲子園大会に出場し、準優勝するという最高の活躍を見せてくれました。私も間近に見ていて、あらためて高校野球の魅力、素晴らしさを実感しました。文字通り、ひと試合ごとに強くなる印象を受けましたけれど、実際にその裏付けとしてひとりひとりの選手の成長があり、その結果単なる足し算以上のチーム全体の大きな成長があったように思います。
谷川俊太郎の詩に「自分をはぐくむ」という詩があります。その一節を紹介します。

あなたを導くのは
ほかでもないあなた自身
あなたはあなた自身を超えていく
自分を発見し続けることで

 自分たちで自分たち自身を導き、自分たちを新たに発見し続けることで、自分たちを大きく超えていった、この夏の野球部の戦いの軌跡を振り返って、私はそんなふうに思っています。
弁論の中川さんの場合、約3か月に渡って推敲を重ねて原稿をまとめあげ、完成までに使った原稿用紙は100枚程と聞いています。その間、さまざまに悩んだり苦しんだりしたことと思いますが、しかしそのプロセスを通して中川さんは自らを導き、自らを新たに発見し、そして自分自身を超えていく、そんな経験をしたのではないかと思います。
 ただぼんやりとしていたのでは、自分を導き、新たな自分を発見し、自分を超えていくことはできません。ひたむきに何かに打ち込むことによってのみそれは可能になるのです。北海生皆が、それぞれの目標にひたむきに打ち込み、自らを導き、新たな自分を発見し、そしてそれまでの自分を超えていく、そうあってほしいと思います。

 夏の甲子園大会が終わって1週間ほどたった頃、ある新聞記事に目が留まりました。どんな記事か、その一部を紹介します。
奈井江商業高校野球部の山本拓那(たくな)君(16)と顧問の林亨先生(36)はこの夏休み中も、2人で練習した。
 「お盆休みの3日間をのぞき、毎日朝8時半から午後2時ごろまで、準備運動に始まって、キャッチボール、投球練習、打撃練習と、林先生が考えたメニューをこなしていく。
 先生と2人だけなのによく続けられますね?そう聞くと、山本君はこんなことを話した。
 『先生がいう通り、毎日練習で努力することが、自分を変えることだとわかったんです。我慢できるとか、あきらめないとか。そうやって努力して試合に勝つ喜びを、この7月の連合チームで知りました』
 連合チームは月形、夕張、深川東の3校と組んだ。山本君と同じように、部員は少なくても、自分自身に向き合いながら野球を続ける仲間たち。秋の地区大会では、栗山を加えた5校でつくる。
 林先生はいう。
 『山本には部員1人の野球部でも、ひたむきに取り組むことの尊さを伝えたい。きれいごとかもしれないけれど、それが人間を育てるんだと思うんです』」
 
 北海高校のように規模が大きくて生徒の多い学校からはなかなか想像できないけれども、部員一人の野球部で毎日自分と向き合いひたむきに努力を重ねている人たちもいる。厳しい現実の中でもひたむきに頑張っている、そういう人たちにも思いを寄せてほしいと思います。そして、支えあい励ましあう仲間がいることに感謝しつつ、ひたむきに努力を重ねてほしい。それが自分をよりよく変え、育む唯一の道だと思います。
 後期は比較的落ち着いて過ごせる期間だと思います。それぞれの目標に向かってさらに頑張りましょう。

平成28年 全校集会・開校記念日を前に

2016年05月13日校長先生から

みなさんは、中島公園にある豊平館という建物を知っているでしょうか。北海道を代表する明治期の洋風木造建築で、1880年(明治13年)に開拓使が直属のホテルとして開設したものです。文明開化のシンボルとして名高い鹿鳴館より2年早く建てられています。当初は現在の市民ホール(弁論大会で会場)のある場所に建っていました。アメリカンスタイルの優美な建築で、1964年には国の重要文化財に指定されています。耐震強度が足りず、老朽化も進んでいたため、2012年4月から改修工事が行われていましたが、4年間の工事を終え、来月20日から再オープンするそうです。
今から131年前の明治18年(1885年)3月15日、この豊平館の大広間に140名余りの青年が集まり、北海高校の起源である北海英語学校の開校式が行われました。現在開校記念日は5月16日ですけれども、それは1901年(明治34年)
に道庁が正式に認可した北海英語学校中学部の入学式が行われた日にちなんでいます。
いずれにしても131年前の開校式の場がそのまま現存しているというのは感慨深いものがあります。校長は大津和多理先生。札幌農学校(現在の北海道大学)の3期生であり、その時28歳であったといいます。当時、札幌農学校で学ぶためには英語力のあることが必須の条件になっていました。クラーク博士に代表されるように、札幌農学校の教師の多くは外国人だったからです。まだ日本語では高等教育ができなかった時代でした。北海英語学校は、札幌農学校への進学をめざす地元の青年のためにつくられた学校でした。
それから131年、北海はこの春までに39.270人の卒業生を社会に送り出してきました。2年生が卒業するときには、4万人を超えることになります。
その多くの卒業生の中で、今日は福地靖さんという方について話をし、後ほど映像も見てもらいたいと思います。昨年の春、NHK函館放送局の庄司さんという方から、福地靖さんについての問い合わせがありました。福地さんについては、作家・島木健作と仲の良かった同級生ということしか知りませんでした。調べてみると北海中学18期(大正12年3月卒業)で、同期には作家の島木健作(本名・朝倉菊雄、代表作「生活の探求」は戦前の大ベストセラー)をはじめ、北海中学・北海高校と北海野球部を38年間にわたって指導し「北海道高校野球の父」と称された飛沢栄三先生や、教育者で道立高校や札幌北斗高校の校長を務め、歌人としても有名だった横田庄八先生(拉致被害者横田めぐみさんの祖父)などがいました。福地さんは北海中学卒業後、早稲田に進学しましたが、その後京城医科大学(現在のソウル大学医学部)に学び、医師として満州に渡って開拓団の人々の生活を支えました。当時、日本は中国東北部に満州国という国(1932年〜1945年まで存在)を作り実質的に支配し、国策として多くの人々を満州開拓のために移住させていたのです。しかし、終戦直前、ソビエト軍が満州に侵攻し、開拓団の人たちは置き去りにされました。そして開拓団の人々の逃避行や集団自決という悲劇が起きました。福地さんは過酷な、絶望的な状況の中で冷静な勇気ある判断を下し、集団自決しようとする人々を生き延びるよう説得して多くの人々の命を救ったということです。戦後日本に帰ってくることができた人々の証言によって、福地さんの行動が語り伝えられたのです。残念ながら福地さん自身は生きて日本に帰ることはできませんでした。NHKは開拓団の記録や資料から、福地さんの人間的な行動は特筆すべきものとして、福地さんのことを取材しようとしたわけです。取材は難航しましたが、福地さんは飛沢先生と同じく古平の出身で、もともとの姓は近藤といい(どうして姓が変わったのかはわかりません)、実家は医院でした。現在、「北海道開拓の村」の旧北海中学校から程近いところにある旧近藤医院こそ、その実家だということもNHKの取材の過程で分り、その知らせを聞いて驚きました。戦後70年を経て、歴史の中から蘇ってきた福地さんの生き方や精神に深い感慨を覚えます。
島木健作に「ある友人のこと」というエッセイがあります。ある友人とは福地靖さんのことです。そこに描かれている福地さんは北海中学時代には「無口で、つかみどころのないヌーボーとした存在だった。興奮したり激語したり周章したりする彼を誰も知らなかった」と描かれています。物静かな落ち着いた人であったようです。しかし、一方で正義感が強く決断力に富み、豪胆なところがあって島木を驚かせたりしています。優れた読書家であり、また旅行好きで中学3年の時ひと夏かかって北海道中をまわり、4年の夏には九州・琉球のはてまで日本内地をほとんど巡り、さらに5年の夏には朝鮮から北満、蒙古まで行ったとのことですから、大変行動力のある人であったようです。
医者となってからは、満州関係者の話として、移民地でみなに神様のように慕われ、移民村の人々ばかりでなく満農の世話もしている。医者としては全く型破りの存在で、医は仁術ということを文字通り実践していると記されています。損得を度外視して奉仕的に治療にあたるお医者さんだったわけです。何ともスケールの大きい魅力的な人物です。
今日はこの後、その福地さんを取材したNHKのビデオ(ちょうど昨年夏に北海が甲子園で試合をしたその同じ日に放送されたもの)を見てもらいたいと思います。こういう先輩もいたということを、ぜひ記憶にとどめておいてください。
以上で私の話は終わります。

平成28年度 入学式式辞

2016年04月09日校長先生から

式辞 あたたかな陽射しの中で花々も咲き始め、心地のよい季節が巡ってきた本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など本校の教育を支えてくださっている皆様のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・平成二十八年度の入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。

406名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんの入学を心より歓迎いたします。
北海高校は、1885年(明治18年)に創立された北海英語学校を起源としております。北海英語学校は、札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でしたが、英語の文法やリーダーを教えただけではなく、数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われました。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校であったわけです。その教育のあり方には、新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さ、清新なフロンティアスピリットをうかがい知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。以来、今日まで131年の歴史を刻み、約4万人に近い多くの優れたかつ個性的な人材を社会に送り出してまいりました。明治、大正、昭和、そして平成と、それぞれの時代の中に刻印されたかけがえのない青春の軌跡こそ、北海高校の歴史に他なりません。今また北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることができることを心から嬉しく思います。

人間教育をベースとしながら文武両道の実現をめざしてきた北海高校の教育的伝統は、生徒がそれぞれの個性を認め合い、励ましあいながら切磋琢磨するという校風を生みだしてきました。新入生の皆さんも、今日からこの北海高校を青春の舞台として、自分を磨き、輝かせ、そして互いに励まし合い、助け合いながら、自立した立派な若者として成長するよう心から願っております。
さて、新入生のみなさんが高校生活をスタートさせるにあたり、ぜひ考えていただきたいことを2点、お話したいと思います。

ひとつめは、子どもっぽい心を捨て去る、そういう決意をもってほしいということです。江戸時代末期、越前国福井出身のいわゆる幕末の志士のひとりであり、思想家であった橋本佐内という人がいました。西郷隆盛をして尊敬に値すると言わしめたほどの優れた人物でしたが、しかし、子どもの頃からそうだったわけではなく、佐内自身、子どもの頃を振り返って「自分は何をしてもおろそかで、注意が行き届かず、しかも弱々しくてぬるい性格であるため、いくら勉強しても進歩がないように思う」とか「一体自分はどうしてこんなに駄目なんだろう。そう思うと情けなくてたまらず、毎晩涙で布団を濡らした」などと述べています。そういう自分を恥じた佐内は数え年15歳の時に、決意を固めて「啓発録」(啓発とは導いて悟らせるという意味です)と名づけた文章、つまり自己変革のための宣言を書き、これ以降、佐内は福井の少々情けない少年から全国を舞台に活躍する人物へと自らを変えていきました。
「啓発録」には自分の生き方の指針として、「稚心を去る」・「気を振るう」・「志を立つ」・「学に勉む」・「交友を択ぶ」という五つのことが記されています。
新入生の皆さんには、橋本佐内が自らを変えよう、成長させようとした時に、「稚心を去る」ということをその決意の最初においた事に留意してほしいと思います。「稚心を去る」―「稚心」とは子どもっぽい心のことです。左内は子どもっぽい心を捨てることから自己変革を進めようとしたわけです。
新入生の皆さんも、義務教育を終え、新しいスタート地点に立ったのですから、自分を変える第一歩として、何よりも「稚心」(子どもっぽい心)を捨てるということを考えてほしいと思います。自立する覚悟をもつ、つまり自分自身の人生を創り上げていくのは自分自身なのだという自覚をしっかりともってほしいと願います。

今ひとつ、新入生の皆さんに望みたいことは、これから始まる3年間の高校生活の中で生涯を貫く、よりよい習慣を身につけてほしいということです。イギリスの詩人で劇作家のジョン・ドライデンは、「最初は人が習慣をつくり、それから習慣が人をつくる」と述べています。本当にその通りだと思います。人が考え、感じ、行動し、成し遂げる事柄の95パーセントは習慣によるものであるといいます。普段、意識はしないけれども、私たちが考えたり、感じたり、行動したりすることの多くは、習慣によってコントロールされているといってもよいのです。人間は習慣によって育成され、人生は繰り返される習慣の結果として形作られます。新入生の皆さんには、ぜひこの高校生活3年間の間に、自分を成長させよりよい人生を導くようなよい習慣を身につけることに努めてほしいと思います。
子どもっぽい心を捨て去ることと、自分を成長させるよい習慣を身につけること、ぜひ心に留めておいてください。

そしてまた、北海高校には、建学以来の基本精神を表すものとして大切にしている「質実剛健」「百折不撓」という言葉があります。卒業生とその保護者の皆さんが、卒業記念に寄贈してくれた書が皆さんから見て左手に掲げられております。「質実剛健」はうわべを飾ることがなくて誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしくよりよく生きていくためにこそ、「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。

北海高校での三年間の中には、自分づくりの契機となるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、確かな自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。
 結びとなりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心よりお礼を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでまいります。
今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。


平成二十八年四月九日
北海高等学校校長  山 崎 省 一

平成28年度 始業式での話

2016年04月08日校長先生から

札幌の街にも春が訪れ、心地よい日が多くなりました。
さて、今日からいよいよ新学期が始まります。皆さんも心新たに今日の日を迎えたことと思います。春は希望の季節です。そしてまた新しい出会いの季節でもあります。皆さんひとりひとりにとって、この新学期が新たな希望と出会いの中で、よりよい自分を創りだすよい機会となることを願います。今年度は、耐震工事の一環として、古い木造校舎を取り壊し、その跡に新しい校舎を建築する工事が来週から12月までの長期間かけて行われます。皆さんにもいろいろと不便な思いをさせることになると思いますが、よろしくお願いします。
さて、昨日はなかった花が、今日は咲いているというように、自然はあるいは世界はいつも新しい。一日とて同じ日はなくて、日々新しい世界が生み出されています。私たちも、自然のあるいはこの世界や宇宙の原理を自分の生き方の根本に据えて生きていけたら素晴らしいと思います。とにかく与えられた一日一日を大切にして今年度も頑張っていきましょう。
とかく私たちは、こうだったらいいなというような遠い望みを抱きながら、目の前にあるなさねば成らないことに力を尽くさない、いいかげんに対応してしまうということがあるように思います。
ドイツの大文豪ゲーテの言葉を紹介しておきます。七十四歳のゲーテが、三十歳そこそこの詩人志望のエッカーマンという人にアドバイスした言葉です。
それは「いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。一歩一歩がゴールであり、一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。」(エッカーマン『ゲーテとの対話』)というものです。漠然とゴールを夢見て今現在をなおざりに過ごすのではなく、「一歩一歩がゴールであり、一歩一歩が価値をもたなくてはならない」そんな気持ちを持って日々の営みに向き合うことが大切だと言っているのです。
森鴎外の『妄想』(明治44年)という作品にもゲーテのこんな言葉が引かれています。「汝の責務を果たさんと試みよ。やがて汝の価値を知らむ。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり。」君がしなければならないことをしっかり果たそうとしなさい。それによって自分自身の価値を知ることができるだろう。君の義務とはなにかといえば、それはその日その日が君に要求しているものだというのです。
鴎外自身、こういう言葉を支えにしながら一日一日を生き、その充実した人生を創り上げたのだと思います。
今日から始まる新しい一年、日々を生きる中で、それぞれに本当になさねばならない日々の要求に誠実に、真摯に向き合いながら頑張ってほしいと思います。

平成27年度 終了式の話

2016年03月22日校長先生から

 皆さんおはようございます。今年度も今日で修了ということになります。それぞれに今年度を振り返り、自分のあり方をきちんと総括して新年度につなげてほしいと思います。今年度は北海高校にとって130周年という節目の年でした。昨年6月にはギャラリー大通美術館を会場として130周年の記念展を開催し、多くの卒業生や一般市民の皆さんが来場し、北海の歴史や伝統の一端に触れていただくことができました。昨年は、加えて戦後70年、高校野球100年という節目の年でもあったので、北海高校や北海の卒業生が新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどでもさまざまな形で取り上げられ、私自身、130年という歴史の奥深さをあらためて実感しました。また、たとえば硬式野球部が全国最多出場記録を更新して36度目となる夏の甲子園大会出場を果たし、サッカー部も選手権大会全道大会で準優勝、他の多くの運動部・文化部もめざましい活躍を見せてくれたことを大変嬉しく思います。全校応援も何度も行うことができました。みなさんの頑張りを心から讃えたいと思います。その頑張りを新年度にもぜひつなげてほしいと思います。
 皆さん一人一人でいうと、心の中では今のままではいけないとか、本来こんなふうにあるべきだなどと思いながら、なかなか思うように自分を変えることができなかったという皆さんも少なくないと思います。自分をコントロールすることは難しい。「己に勝つことは、すべての勝利の中で最初の、そして最高のものだ。」という古代ギリシアの哲学者デモクリトスの言葉があります。真に自分の力を向上させ発揮するためには、進歩向上の比較を他人とするのではなく過去の自分とすることです。他人との比較でものを考えると、結局は不平、不満、妬み、愚痴ということになってしまいます。そうではなく自分の持っている可能性を信じ、今できることに力を注ぐことが大切です。
 大きな船の進む方向を変えるにはトリムタブというものを使うそうです。船の方向を変えるものは舵ですが、トリムタブというのはその舵についている小さな舵のことです。トリムタブを進みたい方向に向けることで水の抵抗力をコントロールし、変化した水の流れを利用して大きな舵を動かすことができるのだそうです。 私たちの生活にも、このトリムタブの発想を活用してみることができると思います。私たちは劇的に大きく変わることはできないけれども、それほど無理なくできる「ちいさな行動」に全力を尽くしていけば、「変革」の流れが生まれ、そこから大きな転換に繋がり目指す目的地に辿り着くことができる。
 明日から春休みですが、どうぞよい春休みを過ごしてください。新年度はまた新たな気持で頑張りましょう。

平成27年度 卒業式式辞

2016年03月01日校長先生から

式辞 生憎、荒れ模様の天候とはなりましたが、一進一退しながらも季節は確実に移り変わっていきます。春も間近な本日この佳き日に、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・第68回卒業証書授与式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上ない慶びとするところであります。北海高校の教育を支えてくださっている皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。
第68期390名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。卒業の時を迎えた今、皆さんの胸にはさまざまな思いが去来していることでしょう。本当にいろいろなことがあったことと思います。私たち教職員も、この3年間のさまざまな場面での皆さんの表情を思い起こし、深い感慨をもって今日という日を迎えております。
今年度、北海高校は創立130周年を迎えました。皆さんは創立130周年という記念すべき年の卒業生ということになります。この記念すべき年度に、皆さんは、たとえば硬式野球部が全国最多出場記録を更新して36度目となる夏の甲子園大会出場を果たし、サッカー部も選手権大会全道大会で準優勝、また先ほど学校長賞を授与された柔道部、アイスホッケー部、写真部など、さまざまな方面でまことに目覚ましい活躍を見せてくれました。
北海高校130周年は戦後70年、高校野球100年という節目の年でもあり、さまざまなマスメディアから本校が取材を受けることも度々ありました。そんな中で、特に印象深かった二人の卒業生について話をしたいと思います。
ひとりは大正5年3月に北海中学11期として卒業した佐藤九二男(1897〜1945)さんです。昨年の秋、北海道立近代美術館において日韓国交正常化50周年記念事業として「日韓近代美術家のまなざし」と題した展覧会が開催されました。この展覧会で佐藤さんの日本・韓国の美術界における功績がはじめて紹介され、唯一残された作品である自画像が展示されました。
佐藤さんは1914年(大正3年)に現在も続く本校美術部「団栗会」を創設した方です。「団栗会」は北大の「黒百合会」とともに、当時の美術界の新しい動きに連動し、その北の拠点ともいえる役割を果たしました。佐藤さんは北海卒業後、東京美術学校(現東京芸術大学)に学び、その後朝鮮に渡って美術教師として京城(現在のソウル)の第二高等普通学校に赴任、のちに韓国美術界を牽引することになる幾多のすぐれた人材を育てたということです。佐藤さんは朝鮮に近代美術の種をまくとともに、朝鮮の美術工芸の素晴らしさを認め大切にするよう教えたともいいます。美術史の上できわめて重要な役割を果たしながらも戦前と戦後、日本と朝鮮のはざまで長い間忘れられた存在となっていた佐藤さんの功績が再評価されたことに、私は新鮮な驚きを禁じ得ませんでした。
 もうひとりは、北海中学18期、大正12年3月に卒業した福地靖さんです。同期には北海野球部を38年間にわたって指導し「北海道高校野球の父」と称された飛沢栄三先生や教育者・歌人として活躍した横田昭八先生(拉致被害者・横田めぐみさんの祖父)、そして作家の島木健作(本名・朝倉菊雄)などがいました。福地さんは島木健作に大きな影響を与えた人物と言われています。福地さんは北海中学卒業後、飛沢先生と同じく早稲田に進学しましたが、その後、京城医科大学(現在のソウル大学医学部)に学び、医師として満州に渡って開拓団の人々の生活を支えました。終戦直前、ソビエト軍が満州に侵攻し、開拓団の人々の逃避行や集団自決という悲劇が起きました。福地さんは過酷な状況の中で、冷静な判断を下し、集団自決しようとする人々を生き延びるよう説得して多くの人々の命を救ったということです。福地さん自身は、残念ながら日本に帰ることはできませんでしたが、その人間的な行動は特筆すべきものとしてNHKの番組で取り上げられました。福地さんは飛沢先生と同じく古平の出身で、旧姓は近藤といい、実家は医院でした。現在、「北海道開拓の村」の旧北海中学校からほど近いところにある旧近藤医院こそ、その実家だということもNHKの取材の過程でわかりました。戦後70年を経て、歴史の中から蘇ってきた福地さんの生き方や精神に深い感慨を覚えます。
 佐藤九二男さん、福地靖さん、二人の卒業生のことを知り、私は内村鑑三の「後世への最大遺物」という言葉を思い浮かべました。内村鑑三は札幌農学校2期生で近代日本に大きな影響を与えた思想家です。同期に新渡戸稲造や宮部金吾がいました。ちなみに本校の起源である北海英語学校を創設した大津和多理先生は3期生です。
 「後世への最大遺物」(後の世への最大の遺せるもの)というのは、明治27年(1894年)に内村鑑三が行った講演のタイトルです。講演の内容を要約すると、「私たちが五十年の生命を託したこの美しい地球、この美しい国、この私たちを育ててくれた山や河、私はこれに何も遺さずに死んでしまいたくない。何かこの世に記念物を遺して死んでいきたい。それならば私たちは何をこの世に遺すことができるだろうか。金か、事業か、思想か、これらはいずれも遺すに価値あるものである。しかしこれは何人にも遺すことのできるものではない。またこれらは本当の最大の遺物ではない。それならば何人にも遺すことのできる本当の最大遺物は何であるか、それは勇ましい高尚なる生涯である。」というものです。高尚というのは、程度が高く気品があるということです。
 佐藤九二男さん、福地靖さん、この二人の卒業生は文字通り「勇ましい高尚なる生涯」を送った方々であったと思います。二人はお金や事業や思想を遺したわけではない。しかし、二人の生き方、生涯のあり方は、周囲の人々にとつての励ましであり、支えであり、救済であり、文字通り「後世への最大遺物」となったのです。お金や事業や思想を後の世に遺すことはもちろん立派なことですが、誰にでもできることではない。しかし、自分に与えられた条件、役割の中で人間的に立派に生きようとすること、「勇ましい高尚なる生涯」を送ろうとすることは心がけ次第で可能なことだと思います。
 卒業生の皆さん、どうぞ自分の理想に向かって向上心を燃やし続けてください。「一日一生。一日は貴い一生である。これを空費してはならない」と内村鑑三は述べています。一日一日を大切に生き、二度とないこの人生の中で、自分は何を成し遂げたいかというテーマにしっかりと向き合ってください。そして、自分を生きること、生かすことが他の人々を生かすことにもなる、そういうつながりの中にそれぞれの「勇ましい高尚なる生涯」を創っていってほしいと願います。
 結びとなりましたが、保護者の皆様、お子様のご卒業、本当におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。またこの3年間、北海高校の教育にご理解とお力添えを賜りましたことに、あらためて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
卒業生の皆さん、お別れの時がきました。アメリカ英語では、卒業式はcommencementカメンスマントゥといいますが、この言葉は本来、改まって開始するという意味をもつ言葉です。卒業は新たな出発の節目に他なりません。卒業生の皆さんは、北海高校での3年間の生活を終え、それぞれ次のステージでの生活をスタートさせることになります。どうぞ北海高校の卒業生であることに誇りをもち、それぞれが選んだ道をしっかりとした足取りで歩んでください。私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きています。そんな時代であるからこそ、現象に翻弄されることなく確かなものを見極め、困難に屈することなく未来を切り拓く、そんな人間像が強く求められています。それはいつの時代にも北海高校がめざしてきた人間像でもあります。卒業生の皆さんが、困難を乗り越えて逞しく生き抜き、新たな時代を切り拓いてくれることを心から期待しています。自分らしく、よりよく生きるためにこそ百折不撓であれ、そう切に願ってやみません。
卒業生のみなさんの前途に幸多からんことを祈念して、以上、はなむけのことばといたします。

平成28年3月1日           
北海高等学校校長 山崎省一

北海高校創立130周年における全校集会での校長先生のお話

2015年05月22日校長先生から

明日は開校記念日です。北海高校は1885年(明治18年)の創立以来、130周年を迎えたことになります。130年の歴史をもつ学校は、全国的にみても数少ないと思います。同じ1885年にできた学校としては英吉利法律学校、現在の中央大学が有名です。北海は、地方にある私学としては誇るに足る歴史と伝統をもっているといってもよいでしょう。

今日は北海高校の歴史の中で語り継がれてきた二人の人物、ふたつの言葉について話をしたいと思います。
皆さんは、職員玄関の近くに二つの銅像があるのを知っていると思います。ひとつは黒川利雄博士の像、もうひとつはオリンピックのゴールドメダリスト南部忠平先輩の像です。それぞれを制作した方も、梁川剛一、本郷新という北海OBの著名な彫刻家です。この二つの像は、文武両道をめざす北海の象徴的な人物といっても過言ではありません。

まず、文を代表する黒川利雄博士について話をします。黒川先生は明治30年(1897年)に三笠市にお生まれになり、明治42年に北海中学校に入学し、大正3年に卒業されています。北海中学時代はおとなしい真面目に勉強する模範的な生徒で、入学する時は13番という順位でしたが2年生からはずっとトップの成績で卒業式では卒業生を代表して答辞を述べておられます。
その後、仙台の旧制第二高等学校(現在の東北大学)に入学します。その時、第二高等学校受験者中1位〜3位まですべて北海中学出身者であったといわれています。そのトップが黒川先生でした。黒川先生はさらに東北帝国大学医科大学(現在の東北大学医学部)で学ばれ、医学者としての道を一筋に歩まれて、がん研究の権威として活躍されました。東北大学の学長、癌研付属病院の院長なども務められ、1968年(昭和43年)には文化勲章を受章されています。学士院という日本を代表する学者の組織で院長を務められもしました。いわば、学問の世界の頂点を極められたといってもよい方です。
黒川先生が北海中学で学ばれていた時の校長は浅羽靖先生でした。浅羽先生は代議士をしていらして、年に二、三度しか学校へはお見えにならず、卒業式にもお見えにならなかった。それで、黒川先生は卒業してから浅羽校長あてに、五年間の教育の場を与えられたことを感謝する手紙を出したそうです。返事は期待していなかったけれど、浅羽先生からはがきが届き、その中に、『山上在山山又山(山上に山在り、山また山)』という一節があったそうです。
「山上に山在り、山また山」――この言葉について、黒川先生は、「学問の道にも人生行路にも、山を乗り越えれば次にまた山があるんだと、一生努力し続けることが大事なんだと、そんな意味だと思いますが、この言葉はそれ以後ずっと、私の処世訓にさせてもらいました。」(「山上に山在り」)と書き記しています。
一生向上心を燃やし続け、努力し続ける。黒川先生の人生はまさに「山上に山在り、山また山」を実践したものであったと思います。
黒川先生は医者として患者さんを診る時には、必ず手を温めるように後輩の医者に指導するようなお人柄の方だったようです。第二高等学校の時代に、黒川先生は北海の校歌の作詞者である土井晩翠先生と出会い、戦後は診療にも当たられたそうです。北海の歴史の中で深い縁(えにし)を感じるエピソードです。

黒川利雄博士の胸像と並んでいるのが、南部忠平先輩です。文武両道をめざす北海の歴史の中で、武を象徴する存在です。北海中学時代から陸上競技の選手として活躍し、全国中学陸上競技大会、現在のインターハイに出場して4種目で1位、個人総合優勝し、全国にその名を知られる存在でした。早稲田大学在学中の1928年(昭和3年)アムステルダムオリンピックで三段跳び4位入賞、1932年(昭和7年)ロサンゼルスオリンピックでは同じ三段跳びで金メダル、走り幅跳びでも銅メダルを獲得しました。円山競技場のセンターポールの高さは、その時の優勝記録15m72cmに由来しています。また1931年(昭和6年)に走り幅跳びで7m98cmという当時の世界記録を樹立、この記録はその後39年間、日本記録でありつづけました。選手引退後は、新聞社の運動部長、1964年東京オリンピックの日本陸上チームの監督、短大の学長などを務められました。日本が生んだ最高のアスリートの一人です。
そんな南部忠平さんがご自分の人生を振り返られて、こんなことを述べておられます。
「私がこのように、それぞれの個性を大切にするとともに、自分に自信をもつことにこだわるのは、長い陸上生活を通じて身につけてきたことなのだが、その大元は、父と北海中学の戸津校長にあったように思う。戸津校長は、『学校の優等生より、社会の優等生になれ』が口癖で」あったと書き記しています。(『紺碧の空に仰ぐ感激の日章旗』)
戸津(高知)先生は、北海英語学校から札幌農学校に学び、浅羽先生の跡を継ぎ33年間にわたって北海中学の校長を務められ、生徒の個性を大事にされて、北海の自由な校風をつくりあげた方です。「学校の優等生より、社会の優等生になれ」――与えられた勉強をしていれば学校の優等生にはなれる。しかし、社会の優等生になるためには、もっと幅広い人間的な力が必要です。北海が人間教育ということを強く打ち出しているのもそのためです。北海の卒業生には、学校の優等生ではなかったかもしれないけれど、社会の優等生となった先輩は多いと思います。みなさんには学校の勉強にも一生懸命取り組んでほしいですが、それだけではなく自分を人間的に高めることを通して「世のため人のため」に尽くすことのできる、そんな「社会の優等生」をめざしてほしいと思います。
今日は、北海の文武両道を象徴する二人の偉大な先輩について話をしました。

 今年は130周年ということで、来月6月16日〜21日の期間、大通美術館というギャラリーを会場にして記念展を開催します。みなさんも是非、足を運んで北海の歴史と伝統に触れて、その教育精神を感じ取ってもらいたいと思っています。
 以上で話を終わります。

平成27年度 入学式 式辞

2015年04月10日校長先生から

式辞 花々が咲き始め、日ざしの心地よい季節となりました。
本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など本校の教育を支えてくださっている皆様のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・平成二十七年度の入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。

409名の新入生の皆さん、入学おめでとう。私たち教職員、そして皆さんの先輩となる2年生・3年生も皆さんの入学を心より歓迎しております。北海高校は、1885年(明治18年)の創立以来、今日まで130年の歴史を刻む、道内有数の伝統をもつ学校です。明治、大正、昭和、そして平成と、それぞれの時代の中に刻印されたかけがえのない青春の軌跡こそ、北海高校の歴史に他なりません。今また北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることを心から嬉しく思います。

人間教育をベースとしながら文武両道の実現をめざしてきた北海高校の教育的伝統は、生徒がそれぞれの個性を認め合い、励ましあいながら切磋琢磨するという校風を生みだしてきました。新入生の皆さんも、この北海高校を青春の舞台として、自分を磨き、輝かせ、そして互いに励まし合い、助け合いながら、自立した立派な若者として成長するよう心から願っております。

さて、本校の起源は今から130年前、1885年(明治18年)に創設された北海英語学校です。札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でした。校長の大津和多理先生は札幌農学校三期生、その時28歳であったといいます。当時、札幌の中等教育機関といえば明治16年に設置された師範学校のみであり、地元から札幌農学校に進学することはほとんど不可能でした。札幌農学校のような高等教育機関では外国人が教えることが多く、そこで学ぶためには英語力が必須の条件であったからです。「英語学校」は時代と社会の必要に応えたものであったわけです。
 北海英語学校は英語の文法やリーダーを教えただけではありませんでした。数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われたといいます。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校だったわけです。北海英語学校は、多くの地元の青年たちを札幌農学校予科に送り込み、その役割を果たしましたが、その教育のあり方には単なる受験予備校的な機能を超えたもの、すなわち新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さ、清新なフロンティアスピリットをうかがい知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。
 
志とは自分の理想に向かって向上心を燃やし続けていくことです。志は人から与えられたり、誰かの真似をして得られるものではありません。二度とないこの人生の中で、自分は何を成し遂げたいかというテーマにしっかりと向き合い、ひたすら考えを深めることによって初めて確立されるものです。そして、志はお金持ちになりたいとか偉くなりたいとかいう、そんな自分の欲望中心の発想とは全く違うものです。自分を生きること、生かすことが他の人々を生かすことにもなる、そういうつながりの中でこそ、志は創りだされるのです。真に志が確立されたとき、どんな困難にも負けない強い意志と忍耐力がもたらされるでしょう。
新入生のみなさんの、これから始まる3年間の高校生活が、志を立て、志を育み、志を磨く、そんな意味ある日々となることを心から願ってやみません。

また北海高校には、建学以来の基本精神を表すものとして大切にしている「質実剛健」「百折不撓」という言葉があります。一昨年の卒業生とその保護者の皆さんが、卒業記念に寄贈してくれた書が皆さんから見て左手に掲げられております。「質実剛健」はうわべを飾ることがなくて誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしくよりよく生きていくためにこそ、「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。

北海高校での三年間の中には、自分づくりの契機となるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、確かな自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。

 最後となりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心よりお礼を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでいきたいと思っております。

今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。


平成二十七年四月九日
北海高等学校校長  山 崎 省 一

修了式での校長先生のお話

2015年03月25日校長先生から

修了式で校長先生からいただいたお話は以下の通りです。


皆さんおはようございます。今年度も今日で修了ということになります。それぞれに今年度を振り返り、自分のあり方をきちんと総括して新年度につなげてほしいと思います。
心の中では今のままではいけないとか、本来こんなふうにあるべきだなどと思っていても、なかなか思うようにことを進めることができなかったという皆さんも少なくないと思います。自分をコントロールすることは難しい。今日は自分自身とのつき合い方ということについて、少し話をしたいと思います。

 まず身近な話から。人間は感情の生き物ですから、誰しも機嫌のいい時と不機嫌な時があります。フランスの哲学者アランがこんなことを言っています。
「もしたまたま道徳論を書かねばならないようなことがあれば、私は上機嫌を義務の第一位におくだろう」
 なぜ、上機嫌でいることが道徳上の最も重要な義務になるのか。ひとりで不機嫌になっていれば、それは自分で自分を苦しめているにすぎない。まわりに他の人がいるときには、こちらの不機嫌な顔によって相手に不快な思いをさせ、その結果、相手を苦しめることになる。自分も相手も苦しめないということこそが、道徳の最も基本的な原理だから、上機嫌であることは自分自身と他の人に対する道徳的な義務であるというわけです。人間は自分自身からも他人からも影響されやすい。自分が不機嫌な顔をしていれば、他の人の心にも不機嫌が影響します。それは決してよいこととは言えないでしょう。
そして、ショーペンハウエルという哲学者が「朗らかで陽気であることこそ、幸福の正真正銘の実体である」と言っています。幸福とは何かの定義はいろいろあるでしょうが、端的に言ってその実体は心が上機嫌の状態、心が晴れやかである状態といってよいのだと思います。逆に不機嫌が、不幸と結びつくことは言うまでもありません。「笑う門には福きたる」といいますが、このことわざには深い真理がこめられているといっていいでしょう。
それでは、上機嫌でいるためにはどうすればよいかということが問題になります。アランはたとえ心が不機嫌であっても、上機嫌な顔をしていることが大切なのだと言っています。心と顔はつながっている。つながっているということは、おたがいに影響を及ぼすことができるということです。
アメリカの心理学者ウイリアム・ジェームズもこんなふうに言っています。
「動作は感情に従って起こるように見えるが、実際は、動作と感情は並行するものなのである。動作のほうは意志によって直接に統御することができるが、感情はそうはできない。ところが、感情は、動作を調整することによって、間接に調整することができる。したがって、快活さを失った場合、それを取り戻す最善の方法は、いかにも快活そうにふるまい、快活そうにしゃべることだ。」
心を心で変えることは難しいことです。私たちはしばしば、心を心で変えようとして自分を苦しめます。心は顔で変えるしかない。心つまり内側を変えるには顔つまり外側を変えるしかないのです。このことが、自分と上手につき合っていくために肝心なことです。
そう考えると、柔道・剣道・弓道といった武道や、茶の湯・生け花などの芸道に代表される日本文化が、型というものを非常に大事にしている意味もよくわかります。先ず型を身につける、というのは単なる技術論ではないと思います。つまり外側を整えることによって心を整えていくという知恵が、そこに働いているのだと思います。また、禅宗のお坊さんたちが、立ち居振る舞い、靴を揃えること、掃除すること、食事することなど日常の動作を修行としてとらえているのも、外側の営みが内面と深く関わっていることに基づいているからでしょう。このことの重要性を、私たちもしっかり認識しておくべきだと思います。動作、表情、服装、整理整頓など日常生活の中のさまざまな心がけや工夫によって、私たちは自分の心をコントロールすることができ、周囲の人々に良い影響も、逆に悪い影響も与えうるのだということです。
自分自身とのつき合い方について、少し話をしました。
 明日から春休みですが、どうぞよい春休みを過ごしてください。新年度はまた新たな気持で頑張りましょう。

第67回 卒業式 学校長式辞

2015年03月03日校長先生から

式辞 厳しかった冬も終わりを告げようとしています。春の息吹も感じられる本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生をはじめ、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生、そして北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・第67回卒業証書授与式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上ない慶びとするところであります。北海高校の教育を支えてくださっている皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。

第67期458名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。卒業の時を迎えた今、皆さんの胸にはさまざまな思いが去来していることと思います。楽しかったこと、嬉しかったこと、つらかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと、本当にいろいろなことがあったことと思います。私たち教職員も、この3年間のさまざまな場面での皆さんの表情を思い起こし、深い感慨をもって今日という日を迎えております。

アメリカ英語では、卒業式はcommencementカメンスマントゥといいますが、この言葉は本来、改まって開始するという意味をもつ言葉です。卒業とは新たな始まりに他なりません。卒業生の皆さんは、北海高校での3年間の生活を終え、それぞれ次のステージでの生活をスタートさせることになります。その節目の時にあたって皆さんにあらためて考えてほしいことは、「学ぶ」ということの意味です。

本日、高校を卒業する皆さんは、義務教育も含めると既に12年間という長い間、学校という場で学び続けてきました。これまでの学校教育では、伝達と受容という形式が学びの基本的なスタイルになっていたと思います。先生が教える知識を受け入れることの繰り返し、その結果、もしかすると学ぶことと教えられることを取り違えてしまうということがあったかもしれません。
学ぶことは人間が人間らしく生きてゆくために不可欠なものであり、学ぶ力は生きる力そのものに他なりません。学ぶことは人間が人間として生きてゆくための主体的な営みです。他人から自分のなすべきことを指図されることから解き放たれることであり、自分自身と自分の置かれている状況をよりよくしていくためのものです。皆さんには、何よりも主体的に学ぶ姿勢を身につけてほしいと強く願います。

林竹二さんという方がいました。教育哲学者であり、昭和を代表する教育者の一人です。東北大学で教鞭をとっていましたが、後に宮城教育大学の学長となってからは、全国各地の小学校・中学校を回って、自ら児童・生徒と共に対話的な授業を実践しました。「人間について」という授業が最も有名です。その林竹二さんの言葉を紹介します。『学ぶということ』(国土社・新書 1978年)という本の中にでてくる言葉です。

「学ぶということは、覚えこむこととは全くちがうことだ。学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである。一片の知識が学習の成果であるならば、それは何も学ばないでしまったことではないか。学んだことのあかしは、ただ一つで、何かが変わることである。」

学んだことの証はただひとつ、何かが変わること――たとえ失敗や挫折があったとしても、それを機に自分が変わることができたならば、そこには大きな学びがあったことになります。学ぶということは、決して知識を習得するだけのことではないのです。自分が変わる、すなわち自分の考え方やものの見方、そして行動が変われば、世界も変わります。今まで見えていなかったもの、見過ごしていたもの、あるいは見ようとしていなかったものがはっきりと見えるようになり、新しい世界が現れるのです。そこに学ぶということの最も大きな人間的価値、人間的意味があるのだと思います。
皆さんは、今、学びの新たな出発点に立っています。それぞれが選んだ次のステージで、真摯に学び続け、よりよく変わり、新たな自分を創り上げてほしいと願います。

もうひとつ、19世紀アメリカを代表する思想家・哲学者であり作家・詩人でもあったエマーソンの言葉をみなさんに贈りたいと思います。それは『社会と孤独』という著書の中に出てくる「汝の馬車を星につなげ」という言葉です。
「汝の馬車を星につなげ」――自らを乗せて人生の旅路を走る馬車。その馬車を、地上を駆ける馬にではなく悠久の天空を進む星につなげとエマーソンは言うのです。夜空に輝く星は、いうまでもなく私たちの精神を導く理想の象徴です。「汝の馬車を星につなげ」―エマーソンはどんな時も自分の理想を高く掲げ、志を見失わずに生きよと言っているのです。
皆さんも、これからの長い人生、日々のあわただしい生活に埋没してしまったり、目先のことだけに想いが走ってしまうこともあるでしょう。また失敗や挫折や逆境の中で、疲れ果て、心が結ぼれて沈み果てることもあるかもしれません。しかしそんなとき、「汝の馬車を星につなげ」という言葉と北海高校の校章であるスターのマークを思い出してください。そして、みなさんそれぞれの理想や志を思い起こし、自らを励ましてほしいと思います。

 結びとなりましたが、保護者の皆様に申し上げます。お子様のご卒業、本当におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。またこの3年間、北海高校の教育にご理解とお力添えを賜りましたことに、あらためて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

卒業生の皆さん、お別れの時がきました。卒業は新たな出発の節目に他なりません。どうぞ北海高校の卒業生であることに誇りをもち、それぞれが選んだ道をしっかりとした足取りで歩んでください。私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きています。そんな時代であるからこそ、現象に翻弄されることなく確かなものを見極め、困難に屈することなく未来を切り拓く、そんな人間像が強く求められています。それはいつの時代にも北海高校がめざしてきた人間像でもあります。卒業生の皆さんが、困難を乗り越えて逞しく生き抜き、新たな時代を切り拓いてくれることを心から期待しています。自分らしく、よりよく生きるためにこそ百折不撓であれ、そう切に願ってやみません。
卒業生のみなさんの前途に幸多からんことを祈念して、以上、はなむけのことばといたします。
平成27年3月1日、北海高等学校校長 山崎省一