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2017年04月08日始業式 校長先生のお話

新着情報

札幌市にある北海高等学校から
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「校長先生から」カテゴリの記事一覧

入学式 校長式辞

2017年04月09日校長先生から

式辞 あたたかな陽射しの中で木々が芽吹き、花々も咲き始める、そんな命輝く季節が巡ってまいりました。本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生、北海学園大学学長・安酸敏眞(やすかた としまさ)先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など本校の教育を支えてくださっている皆様のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守ってくださる中、ここに北海高等学校・平成二十九年度の入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。
455名の新入生の皆さん、入学おめでとう。皆さんの入学を心より歓迎いたします。
北海高校は、1885年(明治18年)に創立された北海英語学校を起源としております。北海英語学校は、札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でしたが、英語の文法やリーダーを教えただけではなく、数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われました。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校であったわけです。その教育のあり方には、新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さ、清新なフロンティアスピリットをうかがい知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。以来、今日まで132年の歴史を刻み、約4万人にのぼる多くの優れた、かつ個性的な人材を社会に送り出してまいりました。明治、大正、昭和、そして平成と、それぞれの時代の中に刻印されたかけがえのない青春の軌跡こそ、北海高校の歴史に他なりません。今また北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることができることを、心から嬉しく思います。
人間教育をベースとしながら文武両道の実現をめざしてきた北海高校の教育的伝統は、生徒がそれぞれの個性を認め合い、励ましあいながら切磋琢磨するという校風を生みだしてきました。この春、京都大学に進学した卒業生は「北海は、勉強で頑張る人、スポーツや文化活動で頑張る人、それぞれがお互いを認め合い、応援してくれる。そのことが嬉しかったし、北海の一番の魅力であり、好きなところです」と話してくれました。
新入生の皆さんも、今日からこの北海高校を青春の舞台として、自分を磨き、輝かせ、そして互いに励まし合い、助け合いながら、自立した立派な若者として成長するよう心から願っております。
さて、高校生活をスタートさせるにあたり、新入生の皆さんに望みたいことは、まず何よりも、新たな自分づくりの志をもってほしいということです。人は一度自分なりの生きるスタイルを作り上げると、今度はそれに安住し、あるいは縛られて、なかなかそこから抜け出すことができないものです。新入生の皆さんも、まだ若いとはいえ、既にそれぞれが自分なりの生きるスタイルを身につけているのではないでしょうか。しかし、ニーチェという哲学者は「脱皮できない蛇は滅びる」と述べています。人間も自分を成長させるためには、自分を変えてゆくことが必要です。皆さんには、何よりも中学校時代までの自分から脱皮し、しっかりとした新たな自分づくりの志をもって高校生活に臨んでほしいと願います。高校入学という真っ新な状態にある今この時こそが、新たな自分創りのための最大のチャンスであるはずです。
しかし、自分を変えてゆくこと、変革してゆくことは、容易なことではありません。現実の自分のありようを直視せずに、はかない夢や空想に浸っていたり、あるいは安易に自分を見限って、あきらめや怠惰に流されたりしてはいないだろうかと、自分を省みること、等身大の自分をしっかりと見定めることがまず必要なことです。誰しも心の奥底でよりよく生きたいと願わない者はいないでしょう。よりよく生きたいと願う、その内部の声に素直に耳を傾けること、それが自分づくりの出発点です。しかし、よりよく生きたいと願う自分に素直になることは、思いのほかに難しいものです。青春という、ある意味では空転する季節の中で、時には自分を見失い、投げやりになり、自分をひどく粗末に扱ったりしてしまうこともあるでしょう。人間として成長しようとする時、人はそれに見合った強さと勇気を身につけなければならないのです。また、内省や思索、つまり頭の中で考えるだけで、自分を変革すること、変えることはできません。日々確かな自画像を描き出してゆこうとする強い決意と、具体的で地道な努力の積み重ねによってしか、新たな自分を獲得することはできないのです。新入生の皆さんには、今日から始まる北海高校での3年間、日々の生活の具体的な営みのひとつひとつに真摯に向き合い、心を込めて取り組むことで、よりよい自分を創り上げてほしいと願います。
それではよりよい自分を創り上げてゆくために必要なことは何でしょうか。それは、学ぶということに尽きると思います。
教育哲学者であり昭和を代表する教育者の一人であった林竹二さんに次のような言葉があります。
「学ぶということは、覚えこむこととは全く違うことだ。学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである。一片の知識が学習の成果であるならば、それは何も学ばないでしまったことではないか。学んだことのあかしは、ただ一つで、何かが変わることである。」
(『学ぶということ』国土社・新書 1978)
 学んだことの証はただひとつ、何かが変わること――たとえ失敗や挫折があったとしても、それを機に自分が変わることができたならば、そこには大きな学びがあったことになります。学ぶということは、決して知識を習得するだけのことではないのです。自分が変わる、すなわち自分の考え方やものの見方、そして行動が変われば、世界も変わります。今まで見えていなかったもの、見過ごしていたもの、あるいは見ようとしていなかったものがはっきりと見えるようになり、新しい世界が現れるのです。そこに学ぶということの最も大きな人間的価値、人間的意味があるのだと思います。
 皆さんは、今、学びの新たな出発点に立っています。学びは教室の中だけにあるわけではありません。これからの3年間、学校生活のあらゆる場面で真摯に学び続け、よりよく変わり、成長し、新たな自分を創り上げてほしいと心から願います。
北海高校での三年間の中には、自分づくりの契機となるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、確かな自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。
北海高校には、建学以来の基本精神を表すものとして大切にしている「質実剛健」「百折不撓」という言葉があります。ちょうど皆さんから見て左手にその書が掲げられております。「質実剛健」はうわべを飾ることがなくて誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしくよりよく生きていくためにこそ、「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。
 結びとなりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心よりお礼を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでまいります。
今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。

平成二十九年四月九日
北海高等学校校長  山 崎 省 一

始業式 校長先生のお話

2017年04月08日校長先生から

雪も消え、札幌の街にもようやく春が訪れました。
さて、今日からいよいよ新学期が始まりす。君たちも心新たに今日の日を迎えたことと思います。春は希望の季節であり、新しい出会いの季節です。君たちひとりひとりにとって、新学期が新たな希望と出会いの中で、よりよい自分を創りだすよい機会となることを願います。
 「大学」という中国の書物に「まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり」という言葉が記されています。今日の行いは昨日よりも新しくよくなり、明日の行いは今日よりも新しくよくなるように心がけようという意味です。殷王朝を創設した湯王という王様は、この言葉を盤(洗面のための器)に彫りつけて毎日自分を戒める言葉にし、大変立派な政治を行ったと言われています。また、南北朝の動乱期に活躍した北畠親房は、有名な「神皇正統記」に「あめつちの初めは今日より始まる」という言葉を残しています。あめつち、つまり天地=世界の始まりは今日からであるというのですが、心改めて、決心したその時から新しい人生が始まる、そんな意味にとらえてよいと思います。君たちも、新学期という節目を、ぜひ自分を向上させる、また新たな自分づくりの出発点としてほしいと思います。
 TPOという言葉があります。Time Place Occasionの頭文字をとった略語です。本来は時、場所、場合に即した服装をすべきだというファッション業界の提案として使われた言葉ですが、現在では多くの商品分野やマーケティングの分野でも重視されています。私たちの人生そのものでも、Time Place Occasion、つまりその時、その場、その場合、その場合で一番大切なのは人との出会い、人との関わりだと思いますが、その三つを大切にし、真剣に向き合うことが必要です。そのことが実質的に、充実した人生を生きることにつながっていくのだと思います。日々の生活の中で、TPOを意識して丁寧に生きる、そのことを通して自分の生きる意味や生きる価値を創り出していく、その積み重ねこそが私たちひとりひとりの、かけがえのない人生に他ならないことを、心にとめておいてほしいと思います。
 なお、今年度から林和明先生が教頭に、金村周一さんが事務長に就任しました。また、この後話をしていただく進路指導部長を大森和之先生、生活指導部長を伊藤健史先生に担当していただくことなりました。
新しい年度、新しい学年がスタートしましたが、どうぞ君たちもこの春という季節を転機として、しっかりとした準備と努力を積み重ねながら、勇気をもって着実に新しい自分を作り上げていく、そんな一年にしてもらいたいと思います。以上で年度の初めにあたっての私の話を終わります。 

修了式 校長先生のお話(29年3月23日)

2017年03月23日校長先生から

皆さんおはようございます。今年度も今日で修了ということになります。それぞれに今年度を振り返り、自分のあり方をきちんと総括して新年度につなげてほしいと思います。今年度は北海高校にとってさまざまな方面で生徒諸君がめざましい活躍を見せてくれて、大変よい一年となりました。進路の面でも、現時点の判明分ですが、京都大学に1名、北海道大学11名など国公立大学に55名、慶應義塾大学2名、早稲田大学4名、明治大学10名など道外私立大学に147名、道内私立大学には北海学園大学に154名など311名が合格しています。
今年初めて卒業生を出したSクラスは、わずか21名のクラスから、京都大学1名、北海道大学8名と難関国公立大学への合格率は43%と、全国でもトップクラスの実績をあげてくれました。進路面でも大変良く頑張ってくれたことを心から嬉しく思います。北海生のさまざまな頑張りをあらためて讃えたいと思います。その頑張りを新年度にもぜひつなげてほしい、そしてさらに北海のスピリット、北海のスターのマークを輝かせてほしいと思います。
この一年間の自分の在り方を振り返るとき、大切なのは素直になるということだと思います。国語辞典をみると、「素直」というのは@性格や態度にひねくれたところがなく、人の言動などに逆らわないで受け入れること。Aくせがなくて、のびのびしているさま。と説明されています。私が長い間教員生活を送ってきて実感することは、成長する生徒、成長する人間に共通しているのは素直であるということです。私は、素直というのは性格ということもあるけれども、むしろ心の在り方ととらえたほうがよいのではないかと思います。つまり、素直というのは開かれた心の在り方であるといっていいのではないかと思います。
 自分の弱点や間違い、不足しているところを素直に認めて、それを改める努力をしてこそ、はじめて人間は進歩し成長することができます。しかし、往々にして人は、自分の考えと違った事実に対して、それを素直に受け入れず自分を弁護しがちです。人はしばしば自分の経験に基づく考え方の枠組みに固執して、目の前の事実を素直に見つめることができず、拒絶反応を起こしてしまったり、ごまかしてしまったりするものです。しかし、事実を素直に見つめ、徹底的に考え、分析し、自分の考えを軌道修正していかなければ、よりよく自分を変えていくことはできません。
 全ての変化は自分自身が変わることから始まります。そして、自分が変わるのは、自分の考え方や意識が変わることから始まるのです。そのためには、素直に自分自身を見つめなおしてみること、素直に自分に与えられた事実を受け入れることが必要だと思います。
 素直であるということ。年度の終わりに、あらためて皆さんに考えてほしいことを話ししました。
 明日から春休みですが、どうぞよい春休みを過ごしてください。新年度はまた新たな気持で頑張りましょう。

卒業式 校長式辞

2017年03月01日校長先生から

式辞 一進一退しながらも季節は確実に移り変わっていきます。陽射しにやわらかな春の兆しが感じられるようになりました。本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生をはじめ、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生、そして北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・第69回卒業証書授与式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上ない慶びとするところであります。北海高校の教育を支えてくださっている皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。

第69期418名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。卒業の時を迎えた今、皆さんの胸にはさまざまな思いが去来していることでしょう。本当にいろいろなことがあったことと思います。私たち教職員も、この三年間のさまざまな場面での皆さんの姿や表情を思い起こし、深い感慨をもって今日という日を迎えております。

この三年間、卒業生の皆さんの活躍には、誠にめざましいものがありました。たとえば硬式野球部は全国最多出場記録を更新して37度目となる夏の甲子園大会出場を果たし、はじめて決勝に進出、敗れはしましたが準優勝という立派な成績を残して、北海野球部の116年に及ぶ長い歴史の中に、輝かしい一ページを付け加えてくれました。北海野球部のひたむきでさわやかな戦いの軌跡は、長く語り継がれることになるでしょう。また弁論部の中川梨花さんは昨年夏、広島で開催された全国高等学校総合文化祭弁論部門において、最優秀賞ならびに文部科学大臣賞を受賞しました。修学旅行での体験を基に、原稿用紙百枚にも及ぶ推敲と練習を重ねて獲得した日本一の栄冠でした。文武両道に渡る皆さんの活躍は、スターのマークに象徴される北海のスピリットの輝き、そのものであったと思います。

卒業する皆さんは、カリキュラムを改編して新しい体制でスタートした、最初の学年でもありました。特進コースでは七時間授業が復活し、「Sクラス」という新しいクラスも設置されました。講習や「セルフラーニング」と名付けられた自学自習の時間、毎日遅くまでひたむきに勉学に打ち込んだ皆さんの姿も忘れることはできません。今では早朝や放課後、学校のあちらこちらで、学年やコースを問わず、黙々と勉学に励む生徒の姿が見られます。皆さんが、新たな伝統を創り上げてくれたのです。
卒業する皆さんの三年間のさまざまな形での頑張りを、あらためて心から称えたいと思います。皆さんの頑張りと活躍は、北海生全体の誇りであり大きな励ましともなりました。

 以前、全校集会で渡辺和子さんという方の話をしたことがありました。渡辺さんは岡山のノートルダム清心学院の理事長を務められた方で、シスターであり、教育学者でした。旭川のご出身で、1936年に二・二六事件の犠牲者となった旧陸軍教育総監・渡辺錠太郎の次女としてこの世に生を受けました。昨年暮れに八十九歳でお亡くなりになりましたが、終生、シスターとしての、また教育者としての道を歩み続けられた方です。とりわけ、幸せに生きるための心構えを綴った著書『置かれた場所で咲きなさい』がベストセラーとなったことでよく知られています。
 渡辺さんは、その著書や講演の中で、人それぞれに与えられた生きる場所、必ずしもそこが自分にとって都合の良い場とは限らないけれども、ともかくも自分が置かれた環境の中で、自分なりの花を咲かせようと精一杯生きる、そこに人間として生きることの意味や人生の価値が生み出されるのだと説いています。
 たとえば、昨年の春、円山球場で行われた野球の全道大会で本校は当番校を務めましたが、北海野球部は残念ながら支部予選で敗退し、全道大会には出場することができませんでした。しかし、野球部の諸君は、グランド整備などの当番校業務に黙々と取り組み、大会のスムーズな運営のために力を尽くしました。試合には出場することができませんでしたが、一生懸命、与えられた役割を果たそうとするその姿に、「さすがは北海だ」と、関係者からお褒めの言葉をいただきました。数か月後、北海野球部は甲子園という大きな舞台で、自分に与えられた役割にベストを尽くして取り組む、ひたむきでさわやかな姿を見せてくれたのでした。野球部の諸君は、円山球場、甲子園球場、その時々に与えられた場で見事に自分たちの花を咲かせたといえるのではないでしょうか。
 皆さんがこれから歩む人生の道のりでは、つらく苦しい時も少なくはないでしょう。自分の意に沿わない場に置かれることもあるかもしれません。しかし、たとえ環境がどのようなものであったとしても、自分に与えられた生きる場で、自分らしく、よりよく生きようとする強い意思をもちつづけるためにこそ百折不撓であってほしいと思います。どうしても花を咲かせることができないこともあるでしょう。そんな時は根を深く降ろして、しっかり根を張ることに努める。困難や苦難を乗り越え生きる糧としてこそ、人はそれぞれにかけがえのない命の花を咲かせることができるのです。

 情報化社会が進展し、速さと便利さばかりが価値あるものとして追い求められる現代という時代。そうなればなるほど人間として生きることの実質がなおざりとなってゆくのではないか、そんなふうに思うことがあります。皆さんには、日々の生活を、その積み重ねである人生を、丁寧に生きることを心掛けてほしいと願います。渡辺和子さんは、「一つひとつの物事に、一人ひとりの人に心をこめて接してゆこう。一日一日に自分の人格をきざみつけてゆこう。そこに自分にしかつけられない『生の軌跡』がつけられてゆく」と述べています。「生きる意味」や「人生の価値」は、決して遠くにあるものではありません。「生きる意味」や「人生の価値」は、日々の生活の営みの中で、私たち自身が発見し、また創り出してゆくものです。そのことをぜひ忘れないでほしいと思います。

 結びとなりましたが、保護者の皆様、お子様のご卒業、本当におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。またこの3年間、北海高校の教育にご理解とお力添えを賜りましたことに、あらためて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

卒業生の皆さん、お別れの時がきました。アメリカ英語では、卒業式はcommencementカメンスマントゥといいますが、この言葉は本来、改まって開始するという意味をもつ言葉です。卒業は新たな出発の節目に他なりません。卒業生の皆さんは、北海高校での3年間の生活を終え、それぞれ次のステージでの生活をスタートさせることになります。どうぞ北海高校の卒業生であることに誇りをもち、それぞれが選んだ道をしっかりとした足取りで歩んでください。私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きています。そんな時代であるからこそ、現象に翻弄されることなく確かなものを見極め、困難に屈することなく未来を切り拓く、そんな人間像が強く求められています。それはいつの時代にも北海高校がめざしてきた人間像でもあります。卒業生の皆さんが、困難を乗り越えて逞しく生き抜き、新たな時代を切り拓いてくれることを心から期待しています。重ねて、自分らしく、よりよく生きるためにこそ百折不撓であれ、そう切に願ってやみません。
卒業生の皆さんの前途に幸多からんことを祈念して、以上、はなむけのことばといたします。
平成29年3月1日           
北海高等学校・校長 山崎省一

平成28年度 前期終業式にて

2016年09月28日校長先生から

 今日で前期が終了し、今年度も半分が過ぎたことになります。
目には見えないけれども時の流れは速いものです。今週末には10月に入り、後期をということになります。
3年生は進路決定の大切な時期を迎えます。それぞれの進路目標の実現に向けて、最後までベストを尽くして頑張ってください。
2年生は修学旅行ということになりますが、とかく中だるみが指摘される時期でもあります。2年生の後期をどう過ごすかということは、進路実現に関しては決定的に重要だといっていいと思います。将来をしっかり見据えながら、メリハリのある生活を心がけてほしい。
1年生は、進路決定の第一歩ともいえる選択調査などがあります。進路学習を深めなければならない時期です。
それぞれに自分に与えられている課題、なさねばならないことをしっかり認識して具体的な取り組みを進めてほしいと思います。

 さて、前期は野球部が甲子園で準優勝したり、弁論部が全国最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞したりと、運動部・文化部ともに君たちの活躍が目覚ましかったと思います。
野球部は歴代「最弱」と心無いいわれかたをしていた時期もあったようですけれど、その逆境を乗り越えて甲子園大会に出場し、準優勝するという最高の活躍を見せてくれました。私も間近に見ていて、あらためて高校野球の魅力、素晴らしさを実感しました。文字通り、ひと試合ごとに強くなる印象を受けましたけれど、実際にその裏付けとしてひとりひとりの選手の成長があり、その結果単なる足し算以上のチーム全体の大きな成長があったように思います。
谷川俊太郎の詩に「自分をはぐくむ」という詩があります。その一節を紹介します。

あなたを導くのは
ほかでもないあなた自身
あなたはあなた自身を超えていく
自分を発見し続けることで

 自分たちで自分たち自身を導き、自分たちを新たに発見し続けることで、自分たちを大きく超えていった、この夏の野球部の戦いの軌跡を振り返って、私はそんなふうに思っています。
弁論の中川さんの場合、約3か月に渡って推敲を重ねて原稿をまとめあげ、完成までに使った原稿用紙は100枚程と聞いています。その間、さまざまに悩んだり苦しんだりしたことと思いますが、しかしそのプロセスを通して中川さんは自らを導き、自らを新たに発見し、そして自分自身を超えていく、そんな経験をしたのではないかと思います。
 ただぼんやりとしていたのでは、自分を導き、新たな自分を発見し、自分を超えていくことはできません。ひたむきに何かに打ち込むことによってのみそれは可能になるのです。北海生皆が、それぞれの目標にひたむきに打ち込み、自らを導き、新たな自分を発見し、そしてそれまでの自分を超えていく、そうあってほしいと思います。

 夏の甲子園大会が終わって1週間ほどたった頃、ある新聞記事に目が留まりました。どんな記事か、その一部を紹介します。
奈井江商業高校野球部の山本拓那(たくな)君(16)と顧問の林亨先生(36)はこの夏休み中も、2人で練習した。
 「お盆休みの3日間をのぞき、毎日朝8時半から午後2時ごろまで、準備運動に始まって、キャッチボール、投球練習、打撃練習と、林先生が考えたメニューをこなしていく。
 先生と2人だけなのによく続けられますね?そう聞くと、山本君はこんなことを話した。
 『先生がいう通り、毎日練習で努力することが、自分を変えることだとわかったんです。我慢できるとか、あきらめないとか。そうやって努力して試合に勝つ喜びを、この7月の連合チームで知りました』
 連合チームは月形、夕張、深川東の3校と組んだ。山本君と同じように、部員は少なくても、自分自身に向き合いながら野球を続ける仲間たち。秋の地区大会では、栗山を加えた5校でつくる。
 林先生はいう。
 『山本には部員1人の野球部でも、ひたむきに取り組むことの尊さを伝えたい。きれいごとかもしれないけれど、それが人間を育てるんだと思うんです』」
 
 北海高校のように規模が大きくて生徒の多い学校からはなかなか想像できないけれども、部員一人の野球部で毎日自分と向き合いひたむきに努力を重ねている人たちもいる。厳しい現実の中でもひたむきに頑張っている、そういう人たちにも思いを寄せてほしいと思います。そして、支えあい励ましあう仲間がいることに感謝しつつ、ひたむきに努力を重ねてほしい。それが自分をよりよく変え、育む唯一の道だと思います。
 後期は比較的落ち着いて過ごせる期間だと思います。それぞれの目標に向かってさらに頑張りましょう。

平成28年 全校集会・開校記念日を前に

2016年05月13日校長先生から

みなさんは、中島公園にある豊平館という建物を知っているでしょうか。北海道を代表する明治期の洋風木造建築で、1880年(明治13年)に開拓使が直属のホテルとして開設したものです。文明開化のシンボルとして名高い鹿鳴館より2年早く建てられています。当初は現在の市民ホール(弁論大会で会場)のある場所に建っていました。アメリカンスタイルの優美な建築で、1964年には国の重要文化財に指定されています。耐震強度が足りず、老朽化も進んでいたため、2012年4月から改修工事が行われていましたが、4年間の工事を終え、来月20日から再オープンするそうです。
今から131年前の明治18年(1885年)3月15日、この豊平館の大広間に140名余りの青年が集まり、北海高校の起源である北海英語学校の開校式が行われました。現在開校記念日は5月16日ですけれども、それは1901年(明治34年)
に道庁が正式に認可した北海英語学校中学部の入学式が行われた日にちなんでいます。
いずれにしても131年前の開校式の場がそのまま現存しているというのは感慨深いものがあります。校長は大津和多理先生。札幌農学校(現在の北海道大学)の3期生であり、その時28歳であったといいます。当時、札幌農学校で学ぶためには英語力のあることが必須の条件になっていました。クラーク博士に代表されるように、札幌農学校の教師の多くは外国人だったからです。まだ日本語では高等教育ができなかった時代でした。北海英語学校は、札幌農学校への進学をめざす地元の青年のためにつくられた学校でした。
それから131年、北海はこの春までに39.270人の卒業生を社会に送り出してきました。2年生が卒業するときには、4万人を超えることになります。
その多くの卒業生の中で、今日は福地靖さんという方について話をし、後ほど映像も見てもらいたいと思います。昨年の春、NHK函館放送局の庄司さんという方から、福地靖さんについての問い合わせがありました。福地さんについては、作家・島木健作と仲の良かった同級生ということしか知りませんでした。調べてみると北海中学18期(大正12年3月卒業)で、同期には作家の島木健作(本名・朝倉菊雄、代表作「生活の探求」は戦前の大ベストセラー)をはじめ、北海中学・北海高校と北海野球部を38年間にわたって指導し「北海道高校野球の父」と称された飛沢栄三先生や、教育者で道立高校や札幌北斗高校の校長を務め、歌人としても有名だった横田庄八先生(拉致被害者横田めぐみさんの祖父)などがいました。福地さんは北海中学卒業後、早稲田に進学しましたが、その後京城医科大学(現在のソウル大学医学部)に学び、医師として満州に渡って開拓団の人々の生活を支えました。当時、日本は中国東北部に満州国という国(1932年〜1945年まで存在)を作り実質的に支配し、国策として多くの人々を満州開拓のために移住させていたのです。しかし、終戦直前、ソビエト軍が満州に侵攻し、開拓団の人たちは置き去りにされました。そして開拓団の人々の逃避行や集団自決という悲劇が起きました。福地さんは過酷な、絶望的な状況の中で冷静な勇気ある判断を下し、集団自決しようとする人々を生き延びるよう説得して多くの人々の命を救ったということです。戦後日本に帰ってくることができた人々の証言によって、福地さんの行動が語り伝えられたのです。残念ながら福地さん自身は生きて日本に帰ることはできませんでした。NHKは開拓団の記録や資料から、福地さんの人間的な行動は特筆すべきものとして、福地さんのことを取材しようとしたわけです。取材は難航しましたが、福地さんは飛沢先生と同じく古平の出身で、もともとの姓は近藤といい(どうして姓が変わったのかはわかりません)、実家は医院でした。現在、「北海道開拓の村」の旧北海中学校から程近いところにある旧近藤医院こそ、その実家だということもNHKの取材の過程で分り、その知らせを聞いて驚きました。戦後70年を経て、歴史の中から蘇ってきた福地さんの生き方や精神に深い感慨を覚えます。
島木健作に「ある友人のこと」というエッセイがあります。ある友人とは福地靖さんのことです。そこに描かれている福地さんは北海中学時代には「無口で、つかみどころのないヌーボーとした存在だった。興奮したり激語したり周章したりする彼を誰も知らなかった」と描かれています。物静かな落ち着いた人であったようです。しかし、一方で正義感が強く決断力に富み、豪胆なところがあって島木を驚かせたりしています。優れた読書家であり、また旅行好きで中学3年の時ひと夏かかって北海道中をまわり、4年の夏には九州・琉球のはてまで日本内地をほとんど巡り、さらに5年の夏には朝鮮から北満、蒙古まで行ったとのことですから、大変行動力のある人であったようです。
医者となってからは、満州関係者の話として、移民地でみなに神様のように慕われ、移民村の人々ばかりでなく満農の世話もしている。医者としては全く型破りの存在で、医は仁術ということを文字通り実践していると記されています。損得を度外視して奉仕的に治療にあたるお医者さんだったわけです。何ともスケールの大きい魅力的な人物です。
今日はこの後、その福地さんを取材したNHKのビデオ(ちょうど昨年夏に北海が甲子園で試合をしたその同じ日に放送されたもの)を見てもらいたいと思います。こういう先輩もいたということを、ぜひ記憶にとどめておいてください。
以上で私の話は終わります。

平成28年度 入学式式辞

2016年04月09日校長先生から

式辞 あたたかな陽射しの中で花々も咲き始め、心地のよい季節が巡ってきた本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など本校の教育を支えてくださっている皆様のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・平成二十八年度の入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。

406名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんの入学を心より歓迎いたします。
北海高校は、1885年(明治18年)に創立された北海英語学校を起源としております。北海英語学校は、札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でしたが、英語の文法やリーダーを教えただけではなく、数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われました。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校であったわけです。その教育のあり方には、新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さ、清新なフロンティアスピリットをうかがい知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。以来、今日まで131年の歴史を刻み、約4万人に近い多くの優れたかつ個性的な人材を社会に送り出してまいりました。明治、大正、昭和、そして平成と、それぞれの時代の中に刻印されたかけがえのない青春の軌跡こそ、北海高校の歴史に他なりません。今また北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることができることを心から嬉しく思います。

人間教育をベースとしながら文武両道の実現をめざしてきた北海高校の教育的伝統は、生徒がそれぞれの個性を認め合い、励ましあいながら切磋琢磨するという校風を生みだしてきました。新入生の皆さんも、今日からこの北海高校を青春の舞台として、自分を磨き、輝かせ、そして互いに励まし合い、助け合いながら、自立した立派な若者として成長するよう心から願っております。
さて、新入生のみなさんが高校生活をスタートさせるにあたり、ぜひ考えていただきたいことを2点、お話したいと思います。

ひとつめは、子どもっぽい心を捨て去る、そういう決意をもってほしいということです。江戸時代末期、越前国福井出身のいわゆる幕末の志士のひとりであり、思想家であった橋本佐内という人がいました。西郷隆盛をして尊敬に値すると言わしめたほどの優れた人物でしたが、しかし、子どもの頃からそうだったわけではなく、佐内自身、子どもの頃を振り返って「自分は何をしてもおろそかで、注意が行き届かず、しかも弱々しくてぬるい性格であるため、いくら勉強しても進歩がないように思う」とか「一体自分はどうしてこんなに駄目なんだろう。そう思うと情けなくてたまらず、毎晩涙で布団を濡らした」などと述べています。そういう自分を恥じた佐内は数え年15歳の時に、決意を固めて「啓発録」(啓発とは導いて悟らせるという意味です)と名づけた文章、つまり自己変革のための宣言を書き、これ以降、佐内は福井の少々情けない少年から全国を舞台に活躍する人物へと自らを変えていきました。
「啓発録」には自分の生き方の指針として、「稚心を去る」・「気を振るう」・「志を立つ」・「学に勉む」・「交友を択ぶ」という五つのことが記されています。
新入生の皆さんには、橋本佐内が自らを変えよう、成長させようとした時に、「稚心を去る」ということをその決意の最初においた事に留意してほしいと思います。「稚心を去る」―「稚心」とは子どもっぽい心のことです。左内は子どもっぽい心を捨てることから自己変革を進めようとしたわけです。
新入生の皆さんも、義務教育を終え、新しいスタート地点に立ったのですから、自分を変える第一歩として、何よりも「稚心」(子どもっぽい心)を捨てるということを考えてほしいと思います。自立する覚悟をもつ、つまり自分自身の人生を創り上げていくのは自分自身なのだという自覚をしっかりともってほしいと願います。

今ひとつ、新入生の皆さんに望みたいことは、これから始まる3年間の高校生活の中で生涯を貫く、よりよい習慣を身につけてほしいということです。イギリスの詩人で劇作家のジョン・ドライデンは、「最初は人が習慣をつくり、それから習慣が人をつくる」と述べています。本当にその通りだと思います。人が考え、感じ、行動し、成し遂げる事柄の95パーセントは習慣によるものであるといいます。普段、意識はしないけれども、私たちが考えたり、感じたり、行動したりすることの多くは、習慣によってコントロールされているといってもよいのです。人間は習慣によって育成され、人生は繰り返される習慣の結果として形作られます。新入生の皆さんには、ぜひこの高校生活3年間の間に、自分を成長させよりよい人生を導くようなよい習慣を身につけることに努めてほしいと思います。
子どもっぽい心を捨て去ることと、自分を成長させるよい習慣を身につけること、ぜひ心に留めておいてください。

そしてまた、北海高校には、建学以来の基本精神を表すものとして大切にしている「質実剛健」「百折不撓」という言葉があります。卒業生とその保護者の皆さんが、卒業記念に寄贈してくれた書が皆さんから見て左手に掲げられております。「質実剛健」はうわべを飾ることがなくて誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしくよりよく生きていくためにこそ、「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。

北海高校での三年間の中には、自分づくりの契機となるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、確かな自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。
 結びとなりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心よりお礼を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでまいります。
今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。


平成二十八年四月九日
北海高等学校校長  山 崎 省 一

平成28年度 始業式での話

2016年04月08日校長先生から

札幌の街にも春が訪れ、心地よい日が多くなりました。
さて、今日からいよいよ新学期が始まります。皆さんも心新たに今日の日を迎えたことと思います。春は希望の季節です。そしてまた新しい出会いの季節でもあります。皆さんひとりひとりにとって、この新学期が新たな希望と出会いの中で、よりよい自分を創りだすよい機会となることを願います。今年度は、耐震工事の一環として、古い木造校舎を取り壊し、その跡に新しい校舎を建築する工事が来週から12月までの長期間かけて行われます。皆さんにもいろいろと不便な思いをさせることになると思いますが、よろしくお願いします。
さて、昨日はなかった花が、今日は咲いているというように、自然はあるいは世界はいつも新しい。一日とて同じ日はなくて、日々新しい世界が生み出されています。私たちも、自然のあるいはこの世界や宇宙の原理を自分の生き方の根本に据えて生きていけたら素晴らしいと思います。とにかく与えられた一日一日を大切にして今年度も頑張っていきましょう。
とかく私たちは、こうだったらいいなというような遠い望みを抱きながら、目の前にあるなさねば成らないことに力を尽くさない、いいかげんに対応してしまうということがあるように思います。
ドイツの大文豪ゲーテの言葉を紹介しておきます。七十四歳のゲーテが、三十歳そこそこの詩人志望のエッカーマンという人にアドバイスした言葉です。
それは「いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。一歩一歩がゴールであり、一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。」(エッカーマン『ゲーテとの対話』)というものです。漠然とゴールを夢見て今現在をなおざりに過ごすのではなく、「一歩一歩がゴールであり、一歩一歩が価値をもたなくてはならない」そんな気持ちを持って日々の営みに向き合うことが大切だと言っているのです。
森鴎外の『妄想』(明治44年)という作品にもゲーテのこんな言葉が引かれています。「汝の責務を果たさんと試みよ。やがて汝の価値を知らむ。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり。」君がしなければならないことをしっかり果たそうとしなさい。それによって自分自身の価値を知ることができるだろう。君の義務とはなにかといえば、それはその日その日が君に要求しているものだというのです。
鴎外自身、こういう言葉を支えにしながら一日一日を生き、その充実した人生を創り上げたのだと思います。
今日から始まる新しい一年、日々を生きる中で、それぞれに本当になさねばならない日々の要求に誠実に、真摯に向き合いながら頑張ってほしいと思います。

平成27年度 終了式の話

2016年03月22日校長先生から

 皆さんおはようございます。今年度も今日で修了ということになります。それぞれに今年度を振り返り、自分のあり方をきちんと総括して新年度につなげてほしいと思います。今年度は北海高校にとって130周年という節目の年でした。昨年6月にはギャラリー大通美術館を会場として130周年の記念展を開催し、多くの卒業生や一般市民の皆さんが来場し、北海の歴史や伝統の一端に触れていただくことができました。昨年は、加えて戦後70年、高校野球100年という節目の年でもあったので、北海高校や北海の卒業生が新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどでもさまざまな形で取り上げられ、私自身、130年という歴史の奥深さをあらためて実感しました。また、たとえば硬式野球部が全国最多出場記録を更新して36度目となる夏の甲子園大会出場を果たし、サッカー部も選手権大会全道大会で準優勝、他の多くの運動部・文化部もめざましい活躍を見せてくれたことを大変嬉しく思います。全校応援も何度も行うことができました。みなさんの頑張りを心から讃えたいと思います。その頑張りを新年度にもぜひつなげてほしいと思います。
 皆さん一人一人でいうと、心の中では今のままではいけないとか、本来こんなふうにあるべきだなどと思いながら、なかなか思うように自分を変えることができなかったという皆さんも少なくないと思います。自分をコントロールすることは難しい。「己に勝つことは、すべての勝利の中で最初の、そして最高のものだ。」という古代ギリシアの哲学者デモクリトスの言葉があります。真に自分の力を向上させ発揮するためには、進歩向上の比較を他人とするのではなく過去の自分とすることです。他人との比較でものを考えると、結局は不平、不満、妬み、愚痴ということになってしまいます。そうではなく自分の持っている可能性を信じ、今できることに力を注ぐことが大切です。
 大きな船の進む方向を変えるにはトリムタブというものを使うそうです。船の方向を変えるものは舵ですが、トリムタブというのはその舵についている小さな舵のことです。トリムタブを進みたい方向に向けることで水の抵抗力をコントロールし、変化した水の流れを利用して大きな舵を動かすことができるのだそうです。 私たちの生活にも、このトリムタブの発想を活用してみることができると思います。私たちは劇的に大きく変わることはできないけれども、それほど無理なくできる「ちいさな行動」に全力を尽くしていけば、「変革」の流れが生まれ、そこから大きな転換に繋がり目指す目的地に辿り着くことができる。
 明日から春休みですが、どうぞよい春休みを過ごしてください。新年度はまた新たな気持で頑張りましょう。

平成27年度 卒業式式辞

2016年03月01日校長先生から

式辞 生憎、荒れ模様の天候とはなりましたが、一進一退しながらも季節は確実に移り変わっていきます。春も間近な本日この佳き日に、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・第68回卒業証書授与式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上ない慶びとするところであります。北海高校の教育を支えてくださっている皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。
第68期390名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。卒業の時を迎えた今、皆さんの胸にはさまざまな思いが去来していることでしょう。本当にいろいろなことがあったことと思います。私たち教職員も、この3年間のさまざまな場面での皆さんの表情を思い起こし、深い感慨をもって今日という日を迎えております。
今年度、北海高校は創立130周年を迎えました。皆さんは創立130周年という記念すべき年の卒業生ということになります。この記念すべき年度に、皆さんは、たとえば硬式野球部が全国最多出場記録を更新して36度目となる夏の甲子園大会出場を果たし、サッカー部も選手権大会全道大会で準優勝、また先ほど学校長賞を授与された柔道部、アイスホッケー部、写真部など、さまざまな方面でまことに目覚ましい活躍を見せてくれました。
北海高校130周年は戦後70年、高校野球100年という節目の年でもあり、さまざまなマスメディアから本校が取材を受けることも度々ありました。そんな中で、特に印象深かった二人の卒業生について話をしたいと思います。
ひとりは大正5年3月に北海中学11期として卒業した佐藤九二男(1897〜1945)さんです。昨年の秋、北海道立近代美術館において日韓国交正常化50周年記念事業として「日韓近代美術家のまなざし」と題した展覧会が開催されました。この展覧会で佐藤さんの日本・韓国の美術界における功績がはじめて紹介され、唯一残された作品である自画像が展示されました。
佐藤さんは1914年(大正3年)に現在も続く本校美術部「団栗会」を創設した方です。「団栗会」は北大の「黒百合会」とともに、当時の美術界の新しい動きに連動し、その北の拠点ともいえる役割を果たしました。佐藤さんは北海卒業後、東京美術学校(現東京芸術大学)に学び、その後朝鮮に渡って美術教師として京城(現在のソウル)の第二高等普通学校に赴任、のちに韓国美術界を牽引することになる幾多のすぐれた人材を育てたということです。佐藤さんは朝鮮に近代美術の種をまくとともに、朝鮮の美術工芸の素晴らしさを認め大切にするよう教えたともいいます。美術史の上できわめて重要な役割を果たしながらも戦前と戦後、日本と朝鮮のはざまで長い間忘れられた存在となっていた佐藤さんの功績が再評価されたことに、私は新鮮な驚きを禁じ得ませんでした。
 もうひとりは、北海中学18期、大正12年3月に卒業した福地靖さんです。同期には北海野球部を38年間にわたって指導し「北海道高校野球の父」と称された飛沢栄三先生や教育者・歌人として活躍した横田昭八先生(拉致被害者・横田めぐみさんの祖父)、そして作家の島木健作(本名・朝倉菊雄)などがいました。福地さんは島木健作に大きな影響を与えた人物と言われています。福地さんは北海中学卒業後、飛沢先生と同じく早稲田に進学しましたが、その後、京城医科大学(現在のソウル大学医学部)に学び、医師として満州に渡って開拓団の人々の生活を支えました。終戦直前、ソビエト軍が満州に侵攻し、開拓団の人々の逃避行や集団自決という悲劇が起きました。福地さんは過酷な状況の中で、冷静な判断を下し、集団自決しようとする人々を生き延びるよう説得して多くの人々の命を救ったということです。福地さん自身は、残念ながら日本に帰ることはできませんでしたが、その人間的な行動は特筆すべきものとしてNHKの番組で取り上げられました。福地さんは飛沢先生と同じく古平の出身で、旧姓は近藤といい、実家は医院でした。現在、「北海道開拓の村」の旧北海中学校からほど近いところにある旧近藤医院こそ、その実家だということもNHKの取材の過程でわかりました。戦後70年を経て、歴史の中から蘇ってきた福地さんの生き方や精神に深い感慨を覚えます。
 佐藤九二男さん、福地靖さん、二人の卒業生のことを知り、私は内村鑑三の「後世への最大遺物」という言葉を思い浮かべました。内村鑑三は札幌農学校2期生で近代日本に大きな影響を与えた思想家です。同期に新渡戸稲造や宮部金吾がいました。ちなみに本校の起源である北海英語学校を創設した大津和多理先生は3期生です。
 「後世への最大遺物」(後の世への最大の遺せるもの)というのは、明治27年(1894年)に内村鑑三が行った講演のタイトルです。講演の内容を要約すると、「私たちが五十年の生命を託したこの美しい地球、この美しい国、この私たちを育ててくれた山や河、私はこれに何も遺さずに死んでしまいたくない。何かこの世に記念物を遺して死んでいきたい。それならば私たちは何をこの世に遺すことができるだろうか。金か、事業か、思想か、これらはいずれも遺すに価値あるものである。しかしこれは何人にも遺すことのできるものではない。またこれらは本当の最大の遺物ではない。それならば何人にも遺すことのできる本当の最大遺物は何であるか、それは勇ましい高尚なる生涯である。」というものです。高尚というのは、程度が高く気品があるということです。
 佐藤九二男さん、福地靖さん、この二人の卒業生は文字通り「勇ましい高尚なる生涯」を送った方々であったと思います。二人はお金や事業や思想を遺したわけではない。しかし、二人の生き方、生涯のあり方は、周囲の人々にとつての励ましであり、支えであり、救済であり、文字通り「後世への最大遺物」となったのです。お金や事業や思想を後の世に遺すことはもちろん立派なことですが、誰にでもできることではない。しかし、自分に与えられた条件、役割の中で人間的に立派に生きようとすること、「勇ましい高尚なる生涯」を送ろうとすることは心がけ次第で可能なことだと思います。
 卒業生の皆さん、どうぞ自分の理想に向かって向上心を燃やし続けてください。「一日一生。一日は貴い一生である。これを空費してはならない」と内村鑑三は述べています。一日一日を大切に生き、二度とないこの人生の中で、自分は何を成し遂げたいかというテーマにしっかりと向き合ってください。そして、自分を生きること、生かすことが他の人々を生かすことにもなる、そういうつながりの中にそれぞれの「勇ましい高尚なる生涯」を創っていってほしいと願います。
 結びとなりましたが、保護者の皆様、お子様のご卒業、本当におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。またこの3年間、北海高校の教育にご理解とお力添えを賜りましたことに、あらためて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
卒業生の皆さん、お別れの時がきました。アメリカ英語では、卒業式はcommencementカメンスマントゥといいますが、この言葉は本来、改まって開始するという意味をもつ言葉です。卒業は新たな出発の節目に他なりません。卒業生の皆さんは、北海高校での3年間の生活を終え、それぞれ次のステージでの生活をスタートさせることになります。どうぞ北海高校の卒業生であることに誇りをもち、それぞれが選んだ道をしっかりとした足取りで歩んでください。私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きています。そんな時代であるからこそ、現象に翻弄されることなく確かなものを見極め、困難に屈することなく未来を切り拓く、そんな人間像が強く求められています。それはいつの時代にも北海高校がめざしてきた人間像でもあります。卒業生の皆さんが、困難を乗り越えて逞しく生き抜き、新たな時代を切り拓いてくれることを心から期待しています。自分らしく、よりよく生きるためにこそ百折不撓であれ、そう切に願ってやみません。
卒業生のみなさんの前途に幸多からんことを祈念して、以上、はなむけのことばといたします。

平成28年3月1日           
北海高等学校校長 山崎省一