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新着情報

札幌市にある北海高等学校から
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「校長先生から」カテゴリの記事一覧

校長先生のお話

2017年12月21日校長先生から

みなさん、おはようございます。ただ今、表彰を行いましたが、今年も運動部・文化部などさまざまな分野でそれぞれに本当によく頑張ってくれたと思います。文武両道をめざす北海生の活躍を心から嬉しく思います。

さて、グリット(grit)という言葉があります。本来は砂利という意味ですが、砕けた言い方で、「がんばり、根性」という意味で使われるのだそうです。このグリットは、ビジネスやスポーツなど様々な分野で成功を収めた人がもつ、共通する要素として注目されるようになった言葉です。遠い目標に向かって、モチベーション、情熱を失わず、長期間にわたって粘り強く努力を続け、途中であきらめることなく最後まで物事をやり遂げる、そんな力のことをグリットというのです。何事かを成し遂げ、成功するためにはこのグリットが不可欠です。
 
全て物事を成し遂げるプロセスには、必ずある種の単調さがあるものです。勉強でもスポーツでも、あるいは芸術の世界でも、成果を出すまでには単調な作業やトレーニングに耐えて、それを続けていくことが必要です。人はしばしばその単調さに耐えかねて、諦めてしまい、結局物事が成し遂げられないということになってしまいます。単調さに耐えるためには、折に触れて今自分は何のためにこれをしているのか確認し、意味づけをしながら、モチベーションを保ち続けることが重要です。「fruitful monotony」という言葉があります。「実りある単調」ということです。
続けることでしか得られないものがあります。勢いで何かを始める事はできる。終わるのも簡単です。ただ続けていくことだけが難しい。物事を続けて、継続を力にするためには、「実りある単調」を創り出すことが何よりも大切なことです。勉強はもちろんですが部活動などでも、それぞれのプロセスで意味づけをしっかりとしながら単調さに押しつぶされず、工夫と改善を重ねて目標を達成する、そんな視点をぜひもってもらいたいと思います。

 今年も残すところあとわずかとなってきました。明日から冬休みに入ります。年末・年始が間に入った長期休業ということになりますが、寒さ厳しく体調を崩したりしやすい時期です。それぞれに規則正しく充実した休みとなるよう心がけてください。特に3年生でこれから受験というみなさんは、ラストスパートということになりますが、悔いのないよう最後までベストを尽くして頑張ってください。
 以上で、私の話を終わります。
全校集会(2017・12・21)

前期終業式 校長講話

2017年09月29日校長先生から

今日で前期が終了し、今年度も半分が過ぎたことになります。
3年生はいよいよ進路決定の大切な時期を迎えます。それぞれの進路目標の実現に向けて、最後までベストを尽くして頑張ってください。
2年生はこれから修学旅行ということになりますが、とかく中だるみが指摘される時期でもあります。2年生の後期をどう過ごすかということは、進路目標の実現のためには決定的に重要であるといってよいと思います。将来をしっかり見据えながら、メリハリのある生活を心がけてほしい。
1年生は、進路決定の第一歩ともいえる選択調査などがあります。進路学習を深めなければならない時期です。
それぞれに自分に与えられている課題、なさねばならないことをしっかり認識して具体的な取り組みを進めてほしいと思います。

前期は野球部が3年連続で甲子園に出場したり、写真部が全国高等学校総合文化祭で最優秀賞・文化庁長官賞を受賞したりと、昨年に引き続き運動部・文化部ともに君たちの活躍が目覚ましかったと思います。それぞれの個性を磨き、お互いがそれを認め合い、切磋琢磨しながら励まし合い、支え合う、これからもそんな北海高校でありつづけてほしいと願っています。
 
 さて、近年よく使われるようになった言葉に、レジリエンス(resilience)という言葉があります。もともとはストレスと同じく、物理学の用語でした。物理学では、ストレスは外圧による歪み、レジリエンスは歪みを跳ね返す力のことです。これらの言葉は心理学でも使われるようになり、心理学用語としてのレジリエンスは、精神的な回復力、復元力といった意味で使われます。つまり逆境やピンチ、トラブルを乗り越えたり、強いストレスに対処することができる精神力のことをレジリエンスというわけです。
 このレジリエンスという言葉が注目されるようになったのは、時代が大きな変革期を迎え、先行きの不透明な混沌とした状況の中で、人々が過剰なストレスを抱え込むようになっているからです。強いストレスを跳ね返し、変化に対応しながら生き抜いていく、そのためにレジリエンスは必要不可欠というわけです。
 物事を否定的な面ばかりで考える、少なすぎる判断基準で二者択一的にたとえば勝ち負けと決めつけてしまう、当然〜すべきだ、せねばならないという考えにとらわれる、他者の評価を全面的に受け入れてしまう、すぐに他と比較して考えてしまう、みなさんもよくあることだと思いますが、そういうことはレジリエンスを弱めてしまうのだそうです。
 それでは、レジリエンスを強めるためにはどうしたらよいか。ふたつのことを話しします。ひとつは、自分の意志でコントロールできない気分や感情にできるだけとらわれず、コントロールが可能な行動や思考を変えることに力を注ぐということです。私たちはとかく気分や感情に支配されて、マイナスの状況をさらに悪化させることが少なくありません。どんなふうに考え方を変えたらよいか、どんなふうに行動を変えたらよいかということに意識を集中させることが、レジリエンスを高めるために最も重要なことです。
 もうひとつは、意外に思うかもしれませんが、感謝の気持ちを持つ、感謝の気持ちを育むということです。感謝の反対は「当たり前」です。「当たり前」という思いが、そうでなかった時にネガティブな思考や、不平不満、大きなストレスを生み出す原因になります。ありがたいという感謝の気持ちをもつことは、実は物事を肯定的に受け止めるための大きなポイントであり、よりよく生きていくための大きなカギとなっているのです。
 
 北海高校のモットーは「百折不撓」ですけれども、「百折不撓」であるためには、レジリエンスという精神的な力が必要です。気分や感情に振り回されず、思考や行動をよりよく変えることに集中する、感謝の気持ちを育む、それぞれのレジリエンスを強くするためにぜひ考えてみてください。

 後期は比較的落ち着いて過ごせる期間だと思います。それぞれの目標に向かってさらに頑張りましょう。以上で、私の話を終わります。

全校集会 校長講話

2017年08月18日校長先生から

全校集会の話(2017・8・18)

夏休みが明けて、今日から授業が再開されます。久しぶりでみなさんの元気な顔を見ることができて、大変うれしく思います。
3年生はいよいよ具体的に進路を決定しなければならない時期がやってきました。与えられている時間はそう長くはありません。とにかく一日一日を大切にして密度を高め、よりよい進路の実現に向けて頑張ってください。1・2年生も将来を見据えながら、意思決定しなければならないことが多い時期となります。しっかり自分と向き合い、その時々になすべきことをきちんと果たしてもらいたいと思います。

この夏休みは野球の全校応援から始まりました。みなさんの応援の力もあって、野球部は戦後初めてとなる3年連続の甲子園出場を果たしました。試合は惜敗という残念な結果とはなりましたが、北海野球の確かさを感じさせる立派な試合内容であったと思います。
この後、表彰や報告がありますが、夏休み中に全国大会などに出場した各運動部・文化部はそれぞれよく頑張りました。とりわけ、宮城県仙台市で開催された全国高等学校総合文化祭に出場した写真部の小林紀衣さんは、最優秀賞ならびに文化庁長官賞を受賞しました。昨年の弁論部につづく快挙です。また例えば、新体操部は山形県で行われたインターハイで、昨年の順位を大幅にアップさせて17位となったり、合唱部が北海道科学大学高校と合同できわめてレベルの高い札幌地区のNHK音楽コンクールに出場し、金賞を受賞したりしています。それぞれ与えられた条件の中で、ベストを尽くして頑張っていることを讃えたいと思います。

「明珠、掌に在り」という言葉があります。「明珠」は大切な宝物、「掌」は手のひらのことです。本当に大切なもの、例えば真理とか幸せなどは、全て私たちの手の中、身近なところにある。しかし、私たちは宝物を自分の手に握りしめていながら、それに気がつかずに、あちらこちら遠くまで探し回ったりする。「今、ここ」にある宝に気がつかず、「今、ここ」をないがしろにして、よそに心をひかれたりする。自分自身振り返ってみても、とかく若い頃には、そんな傾向が強いように思います。
「青い鳥」という童話、幸せの青い鳥を求めて旅に出たチルチルとミチルが、旅の末に幸せは身近なところにあることに気づく物語を皆さんもよく知っていると思います。私たちは、身近にある本当に大切なものを見失っているのではないか、時に振り返ってみることが必要なのではないかと思います。残念ながら、私たちは失って初めて大切なものが何であったかを思い知ることもあります。自分の家族や友人との生活、学校で勉強ができる、部活ができるということ、あたりまえだと思っていることの中に、「明珠」=本当に大切なものがあります。さらにいえば、本当に大切なものは、私たちの心の中にあるといってもよいでしょう。日々の生活をどんなふうに生きるのかを決めるのは、ほかならぬ私たちの心です。
ないものねだりをしたり、遠くにあるものに気を取られ不平不満を抱くのではなく、自分が必要とするものはすでに自分の中にあると思い定めて、自分が持っている力をどのようにして正しく使うかを考える、そして日々の生活、日々の営みの中から大切なものを見出してゆく。そのことが豊かな人生を作り上げてゆくことの出発点であり、また到達点でもあると思います。
人生はいつも「いま、ここ、自分」を生きることです。人生で大切なものも、
「いま、ここ、自分」の中にあるのです。「いま、ここ、自分」が充実したものとなるよう心掛けてほしいと思います。
心を新たにして今日からの学校生活、また頑張りましょう。
以上で、私の話を終わります。

全校集会・開校記念日を前に(2017・5・15)

2017年05月17日校長先生から

132年前の明治18年(1885年)3月15日、現在も中島公園にある豊平館の大広間に140名余りの青年が集まり、北海高校の起源である北海英語学校の開校式が行われました。北海英語学校は、当時まだ中等教育機関がほとんどなく、学ぶ機会をもつことができなかった地元の若者を札幌農学校(現在の北海道大学)へ進学させたいという、大津和多理先生らの熱い思いによって設立されました。
大津和多理先生は、札幌農学校の3期生、1期上には内村鑑三・新渡戸稲造・宮部金吾といった著名な人々もいました。
現在開校記念日は、明日5月16日ですけれども、それは1901年(明治34年)に道庁が正式に認可した北海英語学校中学部の入学式が行われた日にちなんでいます。北海英語学校中学部は、その後1905年には文部省の認可を得て、私立北海中学校へと発展しました。戦前、義務教育は小学校まででしたので、中学校で学ぶことができたのは限られた人たちでした。旧制中学は5年制で学べるのは男子だけ、女子は高等女学校で学びました。ちなみに、公立の伝統校である札幌南高と西高校は中学、北高と東高は高等女学校でした。
北海英語学校の創立から132年、現在の北海学園は二つの大学、二つの高校を擁し、学生・生徒数は合わせて1万人を超え、北海道を代表する私学としての地位を確立しています。
さて北海高校には、建学以来の基本精神を表す「百折不撓」という言葉があります。もともと中国の古い石碑に刻まれていた言葉ですが、何度挫折しても、失敗してもくじけない、どんな困難に出会ってもくじけない、そういう強い精神のありようを示す言葉です。
この「百折不撓」という言葉を、北海生はとても大切にし、心の支えとしてきました。それは、戦前でいえば、北海中学はたとえば札幌一中(現在の札幌南高校)
や二中(現在の札幌西高校)といった公立中学の受験に失敗した生徒が少なくなかったし、また北海中学は公立中学の中退者や、身体に障害をもつているために公立の中学を受験させてもらえなかった生徒、家庭の経済状況の厳しい生徒など、さまざまなハンディをもつ人々にも広く門戸を開いていたからだと思います。北海生には挫折を経験したり、ハンディを背負った者が少なくなかった。「百折不撓」は、そんな北海生の心の拠り所、心の支えであり、同時に北海生の心を結び付け、強い愛校心を生み出す核となったのだと思います。北海の歴史は、一面で敗者復活のドラマであり、負けじ魂の精神史です。そのドラマの中から画一化されない、さまざまに個性的な多くのすぐれた人材を生み出してきたのです。
北海高校の卒業生に和田芳恵さんという文学者がおります。芳恵といっても女性ではなく男性です。長万部の出身で函館商船学校に進学しますが、中退して、1922年(大正11年)に北海中学に編入学し1925年(大正14年)に卒業しました。近代を代表する女流作家である樋口一葉の研究家として確固たる位置を占めるとともに、小説家としても活躍し「短編小説の名手」と称されました。和田さんは日本芸術院賞、直木賞、読売文学賞、日本文学大賞など数々の文学賞を受賞したすぐれた文学者です。その和田さんが1970年(昭和45年)5月に母校であるこの北海高校を訪れて講演し、その折に書いていただいた色紙が本校の図書館に飾られております。そこには「歩いたところから道になる」という言葉が書き記されています。
和田さんの人生の道のりは決して楽なものではなく、むしろ非常に苦難に満ちたものでした。北海中学に在籍した当時も、破産して困窮する一家を支えるために代用教員として働かざるをえず、授業も受けられないという過酷な状況にありました。そんな和田さんを担任やクラスメイトが支えて勉強の手助けをし、教頭が育英資金を出してくれる資産家を探し出してくれたりしたのでした。和田さんは後にその作品の中で、「私は思わぬことがはじまっているので、どうしたらいいかわからない戸惑いを感じた。あまりにも北海中学が、貧しい生徒に親切すぎると思われた」と記しています。さまざまな困難や不利な条件を抱えた生徒たちをも受け入れ、支え抜き、その可能性を信じ続けたことは、北海の教育精神の強さと確かさの証しであったと思います。和田さんの文学との出会いも北海中学時代のことでした。北海中学は和田さんの人生の原点であったと言っても過言ではありません。
社会に出た後も、和田さんの人生は経済的困窮や病気など、決して恵まれたものではありませんでした。けれども和田さんは自分の道を歩き続けることで、かけがえのない立派な人生を創り上げていきました。和田さんが長い不遇な時代を経て、数々の円熟した作品を発表し、世に認められ高い評価を得たのは、晩年になってからのことです。直木賞を受賞したのは58歳の時であり、「最も遅れてきた作家」と称されたこともありました。著名な小説家である吉行淳之介は、和田さんを評して「和田芳恵氏の晩年は、文学の世界で起こった奇跡のようにみえる」が、「やはり長年の蓄積の上に咲いた花である」と述べています。和田さんは、度重なる不遇にも屈せず、暗く長い道を一歩一歩歩き続けることで、文学という自らの世界を切り拓き、その晩年に見事な大輪の花を咲かせたのです。和田さんの人生こそは「百折不撓」の人生そのものであったと思います。
ともかくも、歩き始め、歩き続けなければ、自分の道は拓かれない。時に、つまずくことも、倒れることもあるかもしれません。しかし何度つまずき倒れても、その度に立ち上がり、歩き続けることが大切です。「歩いたところから道になる」。皆さんも、人間としての高い志、北海の星のマークを心に刻み、この北海高校からそれぞれの人生の道の、確かな一歩を踏み出してほしいと願います。

入学式 校長式辞

2017年04月09日校長先生から

式辞 あたたかな陽射しの中で木々が芽吹き、花々も咲き始める、そんな命輝く季節が巡ってまいりました。本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生、北海学園大学学長・安酸敏眞(やすかた としまさ)先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など本校の教育を支えてくださっている皆様のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守ってくださる中、ここに北海高等学校・平成二十九年度の入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。
455名の新入生の皆さん、入学おめでとう。皆さんの入学を心より歓迎いたします。
北海高校は、1885年(明治18年)に創立された北海英語学校を起源としております。北海英語学校は、札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でしたが、英語の文法やリーダーを教えただけではなく、数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われました。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校であったわけです。その教育のあり方には、新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さ、清新なフロンティアスピリットをうかがい知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。以来、今日まで132年の歴史を刻み、約4万人にのぼる多くの優れた、かつ個性的な人材を社会に送り出してまいりました。明治、大正、昭和、そして平成と、それぞれの時代の中に刻印されたかけがえのない青春の軌跡こそ、北海高校の歴史に他なりません。今また北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることができることを、心から嬉しく思います。
人間教育をベースとしながら文武両道の実現をめざしてきた北海高校の教育的伝統は、生徒がそれぞれの個性を認め合い、励ましあいながら切磋琢磨するという校風を生みだしてきました。この春、京都大学に進学した卒業生は「北海は、勉強で頑張る人、スポーツや文化活動で頑張る人、それぞれがお互いを認め合い、応援してくれる。そのことが嬉しかったし、北海の一番の魅力であり、好きなところです」と話してくれました。
新入生の皆さんも、今日からこの北海高校を青春の舞台として、自分を磨き、輝かせ、そして互いに励まし合い、助け合いながら、自立した立派な若者として成長するよう心から願っております。
さて、高校生活をスタートさせるにあたり、新入生の皆さんに望みたいことは、まず何よりも、新たな自分づくりの志をもってほしいということです。人は一度自分なりの生きるスタイルを作り上げると、今度はそれに安住し、あるいは縛られて、なかなかそこから抜け出すことができないものです。新入生の皆さんも、まだ若いとはいえ、既にそれぞれが自分なりの生きるスタイルを身につけているのではないでしょうか。しかし、ニーチェという哲学者は「脱皮できない蛇は滅びる」と述べています。人間も自分を成長させるためには、自分を変えてゆくことが必要です。皆さんには、何よりも中学校時代までの自分から脱皮し、しっかりとした新たな自分づくりの志をもって高校生活に臨んでほしいと願います。高校入学という真っ新な状態にある今この時こそが、新たな自分創りのための最大のチャンスであるはずです。
しかし、自分を変えてゆくこと、変革してゆくことは、容易なことではありません。現実の自分のありようを直視せずに、はかない夢や空想に浸っていたり、あるいは安易に自分を見限って、あきらめや怠惰に流されたりしてはいないだろうかと、自分を省みること、等身大の自分をしっかりと見定めることがまず必要なことです。誰しも心の奥底でよりよく生きたいと願わない者はいないでしょう。よりよく生きたいと願う、その内部の声に素直に耳を傾けること、それが自分づくりの出発点です。しかし、よりよく生きたいと願う自分に素直になることは、思いのほかに難しいものです。青春という、ある意味では空転する季節の中で、時には自分を見失い、投げやりになり、自分をひどく粗末に扱ったりしてしまうこともあるでしょう。人間として成長しようとする時、人はそれに見合った強さと勇気を身につけなければならないのです。また、内省や思索、つまり頭の中で考えるだけで、自分を変革すること、変えることはできません。日々確かな自画像を描き出してゆこうとする強い決意と、具体的で地道な努力の積み重ねによってしか、新たな自分を獲得することはできないのです。新入生の皆さんには、今日から始まる北海高校での3年間、日々の生活の具体的な営みのひとつひとつに真摯に向き合い、心を込めて取り組むことで、よりよい自分を創り上げてほしいと願います。
それではよりよい自分を創り上げてゆくために必要なことは何でしょうか。それは、学ぶということに尽きると思います。
教育哲学者であり昭和を代表する教育者の一人であった林竹二さんに次のような言葉があります。
「学ぶということは、覚えこむこととは全く違うことだ。学ぶとは、いつでも、何かがはじまることで、終わることのない過程に一歩ふみこむことである。一片の知識が学習の成果であるならば、それは何も学ばないでしまったことではないか。学んだことのあかしは、ただ一つで、何かが変わることである。」
(『学ぶということ』国土社・新書 1978)
 学んだことの証はただひとつ、何かが変わること――たとえ失敗や挫折があったとしても、それを機に自分が変わることができたならば、そこには大きな学びがあったことになります。学ぶということは、決して知識を習得するだけのことではないのです。自分が変わる、すなわち自分の考え方やものの見方、そして行動が変われば、世界も変わります。今まで見えていなかったもの、見過ごしていたもの、あるいは見ようとしていなかったものがはっきりと見えるようになり、新しい世界が現れるのです。そこに学ぶということの最も大きな人間的価値、人間的意味があるのだと思います。
 皆さんは、今、学びの新たな出発点に立っています。学びは教室の中だけにあるわけではありません。これからの3年間、学校生活のあらゆる場面で真摯に学び続け、よりよく変わり、成長し、新たな自分を創り上げてほしいと心から願います。
北海高校での三年間の中には、自分づくりの契機となるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、確かな自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。
北海高校には、建学以来の基本精神を表すものとして大切にしている「質実剛健」「百折不撓」という言葉があります。ちょうど皆さんから見て左手にその書が掲げられております。「質実剛健」はうわべを飾ることがなくて誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしくよりよく生きていくためにこそ、「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。
 結びとなりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心よりお礼を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでまいります。
今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。

平成二十九年四月九日
北海高等学校校長  山 崎 省 一

始業式 校長先生のお話

2017年04月08日校長先生から

雪も消え、札幌の街にもようやく春が訪れました。
さて、今日からいよいよ新学期が始まりす。君たちも心新たに今日の日を迎えたことと思います。春は希望の季節であり、新しい出会いの季節です。君たちひとりひとりにとって、新学期が新たな希望と出会いの中で、よりよい自分を創りだすよい機会となることを願います。
 「大学」という中国の書物に「まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり」という言葉が記されています。今日の行いは昨日よりも新しくよくなり、明日の行いは今日よりも新しくよくなるように心がけようという意味です。殷王朝を創設した湯王という王様は、この言葉を盤(洗面のための器)に彫りつけて毎日自分を戒める言葉にし、大変立派な政治を行ったと言われています。また、南北朝の動乱期に活躍した北畠親房は、有名な「神皇正統記」に「あめつちの初めは今日より始まる」という言葉を残しています。あめつち、つまり天地=世界の始まりは今日からであるというのですが、心改めて、決心したその時から新しい人生が始まる、そんな意味にとらえてよいと思います。君たちも、新学期という節目を、ぜひ自分を向上させる、また新たな自分づくりの出発点としてほしいと思います。
 TPOという言葉があります。Time Place Occasionの頭文字をとった略語です。本来は時、場所、場合に即した服装をすべきだというファッション業界の提案として使われた言葉ですが、現在では多くの商品分野やマーケティングの分野でも重視されています。私たちの人生そのものでも、Time Place Occasion、つまりその時、その場、その場合、その場合で一番大切なのは人との出会い、人との関わりだと思いますが、その三つを大切にし、真剣に向き合うことが必要です。そのことが実質的に、充実した人生を生きることにつながっていくのだと思います。日々の生活の中で、TPOを意識して丁寧に生きる、そのことを通して自分の生きる意味や生きる価値を創り出していく、その積み重ねこそが私たちひとりひとりの、かけがえのない人生に他ならないことを、心にとめておいてほしいと思います。
 なお、今年度から林和明先生が教頭に、金村周一さんが事務長に就任しました。また、この後話をしていただく進路指導部長を大森和之先生、生活指導部長を伊藤健史先生に担当していただくことなりました。
新しい年度、新しい学年がスタートしましたが、どうぞ君たちもこの春という季節を転機として、しっかりとした準備と努力を積み重ねながら、勇気をもって着実に新しい自分を作り上げていく、そんな一年にしてもらいたいと思います。以上で年度の初めにあたっての私の話を終わります。 

修了式 校長先生のお話(29年3月23日)

2017年03月23日校長先生から

皆さんおはようございます。今年度も今日で修了ということになります。それぞれに今年度を振り返り、自分のあり方をきちんと総括して新年度につなげてほしいと思います。今年度は北海高校にとってさまざまな方面で生徒諸君がめざましい活躍を見せてくれて、大変よい一年となりました。進路の面でも、現時点の判明分ですが、京都大学に1名、北海道大学11名など国公立大学に55名、慶應義塾大学2名、早稲田大学4名、明治大学10名など道外私立大学に147名、道内私立大学には北海学園大学に154名など311名が合格しています。
今年初めて卒業生を出したSクラスは、わずか21名のクラスから、京都大学1名、北海道大学8名と難関国公立大学への合格率は43%と、全国でもトップクラスの実績をあげてくれました。進路面でも大変良く頑張ってくれたことを心から嬉しく思います。北海生のさまざまな頑張りをあらためて讃えたいと思います。その頑張りを新年度にもぜひつなげてほしい、そしてさらに北海のスピリット、北海のスターのマークを輝かせてほしいと思います。
この一年間の自分の在り方を振り返るとき、大切なのは素直になるということだと思います。国語辞典をみると、「素直」というのは@性格や態度にひねくれたところがなく、人の言動などに逆らわないで受け入れること。Aくせがなくて、のびのびしているさま。と説明されています。私が長い間教員生活を送ってきて実感することは、成長する生徒、成長する人間に共通しているのは素直であるということです。私は、素直というのは性格ということもあるけれども、むしろ心の在り方ととらえたほうがよいのではないかと思います。つまり、素直というのは開かれた心の在り方であるといっていいのではないかと思います。
 自分の弱点や間違い、不足しているところを素直に認めて、それを改める努力をしてこそ、はじめて人間は進歩し成長することができます。しかし、往々にして人は、自分の考えと違った事実に対して、それを素直に受け入れず自分を弁護しがちです。人はしばしば自分の経験に基づく考え方の枠組みに固執して、目の前の事実を素直に見つめることができず、拒絶反応を起こしてしまったり、ごまかしてしまったりするものです。しかし、事実を素直に見つめ、徹底的に考え、分析し、自分の考えを軌道修正していかなければ、よりよく自分を変えていくことはできません。
 全ての変化は自分自身が変わることから始まります。そして、自分が変わるのは、自分の考え方や意識が変わることから始まるのです。そのためには、素直に自分自身を見つめなおしてみること、素直に自分に与えられた事実を受け入れることが必要だと思います。
 素直であるということ。年度の終わりに、あらためて皆さんに考えてほしいことを話ししました。
 明日から春休みですが、どうぞよい春休みを過ごしてください。新年度はまた新たな気持で頑張りましょう。

卒業式 校長式辞

2017年03月01日校長先生から

式辞 一進一退しながらも季節は確実に移り変わっていきます。陽射しにやわらかな春の兆しが感じられるようになりました。本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生をはじめ、北海学園大学学長・木村和範先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生、そして北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・第69回卒業証書授与式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上ない慶びとするところであります。北海高校の教育を支えてくださっている皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。

第69期418名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。卒業の時を迎えた今、皆さんの胸にはさまざまな思いが去来していることでしょう。本当にいろいろなことがあったことと思います。私たち教職員も、この三年間のさまざまな場面での皆さんの姿や表情を思い起こし、深い感慨をもって今日という日を迎えております。

この三年間、卒業生の皆さんの活躍には、誠にめざましいものがありました。たとえば硬式野球部は全国最多出場記録を更新して37度目となる夏の甲子園大会出場を果たし、はじめて決勝に進出、敗れはしましたが準優勝という立派な成績を残して、北海野球部の116年に及ぶ長い歴史の中に、輝かしい一ページを付け加えてくれました。北海野球部のひたむきでさわやかな戦いの軌跡は、長く語り継がれることになるでしょう。また弁論部の中川梨花さんは昨年夏、広島で開催された全国高等学校総合文化祭弁論部門において、最優秀賞ならびに文部科学大臣賞を受賞しました。修学旅行での体験を基に、原稿用紙百枚にも及ぶ推敲と練習を重ねて獲得した日本一の栄冠でした。文武両道に渡る皆さんの活躍は、スターのマークに象徴される北海のスピリットの輝き、そのものであったと思います。

卒業する皆さんは、カリキュラムを改編して新しい体制でスタートした、最初の学年でもありました。特進コースでは七時間授業が復活し、「Sクラス」という新しいクラスも設置されました。講習や「セルフラーニング」と名付けられた自学自習の時間、毎日遅くまでひたむきに勉学に打ち込んだ皆さんの姿も忘れることはできません。今では早朝や放課後、学校のあちらこちらで、学年やコースを問わず、黙々と勉学に励む生徒の姿が見られます。皆さんが、新たな伝統を創り上げてくれたのです。
卒業する皆さんの三年間のさまざまな形での頑張りを、あらためて心から称えたいと思います。皆さんの頑張りと活躍は、北海生全体の誇りであり大きな励ましともなりました。

 以前、全校集会で渡辺和子さんという方の話をしたことがありました。渡辺さんは岡山のノートルダム清心学院の理事長を務められた方で、シスターであり、教育学者でした。旭川のご出身で、1936年に二・二六事件の犠牲者となった旧陸軍教育総監・渡辺錠太郎の次女としてこの世に生を受けました。昨年暮れに八十九歳でお亡くなりになりましたが、終生、シスターとしての、また教育者としての道を歩み続けられた方です。とりわけ、幸せに生きるための心構えを綴った著書『置かれた場所で咲きなさい』がベストセラーとなったことでよく知られています。
 渡辺さんは、その著書や講演の中で、人それぞれに与えられた生きる場所、必ずしもそこが自分にとって都合の良い場とは限らないけれども、ともかくも自分が置かれた環境の中で、自分なりの花を咲かせようと精一杯生きる、そこに人間として生きることの意味や人生の価値が生み出されるのだと説いています。
 たとえば、昨年の春、円山球場で行われた野球の全道大会で本校は当番校を務めましたが、北海野球部は残念ながら支部予選で敗退し、全道大会には出場することができませんでした。しかし、野球部の諸君は、グランド整備などの当番校業務に黙々と取り組み、大会のスムーズな運営のために力を尽くしました。試合には出場することができませんでしたが、一生懸命、与えられた役割を果たそうとするその姿に、「さすがは北海だ」と、関係者からお褒めの言葉をいただきました。数か月後、北海野球部は甲子園という大きな舞台で、自分に与えられた役割にベストを尽くして取り組む、ひたむきでさわやかな姿を見せてくれたのでした。野球部の諸君は、円山球場、甲子園球場、その時々に与えられた場で見事に自分たちの花を咲かせたといえるのではないでしょうか。
 皆さんがこれから歩む人生の道のりでは、つらく苦しい時も少なくはないでしょう。自分の意に沿わない場に置かれることもあるかもしれません。しかし、たとえ環境がどのようなものであったとしても、自分に与えられた生きる場で、自分らしく、よりよく生きようとする強い意思をもちつづけるためにこそ百折不撓であってほしいと思います。どうしても花を咲かせることができないこともあるでしょう。そんな時は根を深く降ろして、しっかり根を張ることに努める。困難や苦難を乗り越え生きる糧としてこそ、人はそれぞれにかけがえのない命の花を咲かせることができるのです。

 情報化社会が進展し、速さと便利さばかりが価値あるものとして追い求められる現代という時代。そうなればなるほど人間として生きることの実質がなおざりとなってゆくのではないか、そんなふうに思うことがあります。皆さんには、日々の生活を、その積み重ねである人生を、丁寧に生きることを心掛けてほしいと願います。渡辺和子さんは、「一つひとつの物事に、一人ひとりの人に心をこめて接してゆこう。一日一日に自分の人格をきざみつけてゆこう。そこに自分にしかつけられない『生の軌跡』がつけられてゆく」と述べています。「生きる意味」や「人生の価値」は、決して遠くにあるものではありません。「生きる意味」や「人生の価値」は、日々の生活の営みの中で、私たち自身が発見し、また創り出してゆくものです。そのことをぜひ忘れないでほしいと思います。

 結びとなりましたが、保護者の皆様、お子様のご卒業、本当におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。またこの3年間、北海高校の教育にご理解とお力添えを賜りましたことに、あらためて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

卒業生の皆さん、お別れの時がきました。アメリカ英語では、卒業式はcommencementカメンスマントゥといいますが、この言葉は本来、改まって開始するという意味をもつ言葉です。卒業は新たな出発の節目に他なりません。卒業生の皆さんは、北海高校での3年間の生活を終え、それぞれ次のステージでの生活をスタートさせることになります。どうぞ北海高校の卒業生であることに誇りをもち、それぞれが選んだ道をしっかりとした足取りで歩んでください。私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きています。そんな時代であるからこそ、現象に翻弄されることなく確かなものを見極め、困難に屈することなく未来を切り拓く、そんな人間像が強く求められています。それはいつの時代にも北海高校がめざしてきた人間像でもあります。卒業生の皆さんが、困難を乗り越えて逞しく生き抜き、新たな時代を切り拓いてくれることを心から期待しています。重ねて、自分らしく、よりよく生きるためにこそ百折不撓であれ、そう切に願ってやみません。
卒業生の皆さんの前途に幸多からんことを祈念して、以上、はなむけのことばといたします。
平成29年3月1日           
北海高等学校・校長 山崎省一

平成28年度 前期終業式にて

2016年09月28日校長先生から

 今日で前期が終了し、今年度も半分が過ぎたことになります。
目には見えないけれども時の流れは速いものです。今週末には10月に入り、後期をということになります。
3年生は進路決定の大切な時期を迎えます。それぞれの進路目標の実現に向けて、最後までベストを尽くして頑張ってください。
2年生は修学旅行ということになりますが、とかく中だるみが指摘される時期でもあります。2年生の後期をどう過ごすかということは、進路実現に関しては決定的に重要だといっていいと思います。将来をしっかり見据えながら、メリハリのある生活を心がけてほしい。
1年生は、進路決定の第一歩ともいえる選択調査などがあります。進路学習を深めなければならない時期です。
それぞれに自分に与えられている課題、なさねばならないことをしっかり認識して具体的な取り組みを進めてほしいと思います。

 さて、前期は野球部が甲子園で準優勝したり、弁論部が全国最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞したりと、運動部・文化部ともに君たちの活躍が目覚ましかったと思います。
野球部は歴代「最弱」と心無いいわれかたをしていた時期もあったようですけれど、その逆境を乗り越えて甲子園大会に出場し、準優勝するという最高の活躍を見せてくれました。私も間近に見ていて、あらためて高校野球の魅力、素晴らしさを実感しました。文字通り、ひと試合ごとに強くなる印象を受けましたけれど、実際にその裏付けとしてひとりひとりの選手の成長があり、その結果単なる足し算以上のチーム全体の大きな成長があったように思います。
谷川俊太郎の詩に「自分をはぐくむ」という詩があります。その一節を紹介します。

あなたを導くのは
ほかでもないあなた自身
あなたはあなた自身を超えていく
自分を発見し続けることで

 自分たちで自分たち自身を導き、自分たちを新たに発見し続けることで、自分たちを大きく超えていった、この夏の野球部の戦いの軌跡を振り返って、私はそんなふうに思っています。
弁論の中川さんの場合、約3か月に渡って推敲を重ねて原稿をまとめあげ、完成までに使った原稿用紙は100枚程と聞いています。その間、さまざまに悩んだり苦しんだりしたことと思いますが、しかしそのプロセスを通して中川さんは自らを導き、自らを新たに発見し、そして自分自身を超えていく、そんな経験をしたのではないかと思います。
 ただぼんやりとしていたのでは、自分を導き、新たな自分を発見し、自分を超えていくことはできません。ひたむきに何かに打ち込むことによってのみそれは可能になるのです。北海生皆が、それぞれの目標にひたむきに打ち込み、自らを導き、新たな自分を発見し、そしてそれまでの自分を超えていく、そうあってほしいと思います。

 夏の甲子園大会が終わって1週間ほどたった頃、ある新聞記事に目が留まりました。どんな記事か、その一部を紹介します。
奈井江商業高校野球部の山本拓那(たくな)君(16)と顧問の林亨先生(36)はこの夏休み中も、2人で練習した。
 「お盆休みの3日間をのぞき、毎日朝8時半から午後2時ごろまで、準備運動に始まって、キャッチボール、投球練習、打撃練習と、林先生が考えたメニューをこなしていく。
 先生と2人だけなのによく続けられますね?そう聞くと、山本君はこんなことを話した。
 『先生がいう通り、毎日練習で努力することが、自分を変えることだとわかったんです。我慢できるとか、あきらめないとか。そうやって努力して試合に勝つ喜びを、この7月の連合チームで知りました』
 連合チームは月形、夕張、深川東の3校と組んだ。山本君と同じように、部員は少なくても、自分自身に向き合いながら野球を続ける仲間たち。秋の地区大会では、栗山を加えた5校でつくる。
 林先生はいう。
 『山本には部員1人の野球部でも、ひたむきに取り組むことの尊さを伝えたい。きれいごとかもしれないけれど、それが人間を育てるんだと思うんです』」
 
 北海高校のように規模が大きくて生徒の多い学校からはなかなか想像できないけれども、部員一人の野球部で毎日自分と向き合いひたむきに努力を重ねている人たちもいる。厳しい現実の中でもひたむきに頑張っている、そういう人たちにも思いを寄せてほしいと思います。そして、支えあい励ましあう仲間がいることに感謝しつつ、ひたむきに努力を重ねてほしい。それが自分をよりよく変え、育む唯一の道だと思います。
 後期は比較的落ち着いて過ごせる期間だと思います。それぞれの目標に向かってさらに頑張りましょう。

平成28年 全校集会・開校記念日を前に

2016年05月13日校長先生から

みなさんは、中島公園にある豊平館という建物を知っているでしょうか。北海道を代表する明治期の洋風木造建築で、1880年(明治13年)に開拓使が直属のホテルとして開設したものです。文明開化のシンボルとして名高い鹿鳴館より2年早く建てられています。当初は現在の市民ホール(弁論大会で会場)のある場所に建っていました。アメリカンスタイルの優美な建築で、1964年には国の重要文化財に指定されています。耐震強度が足りず、老朽化も進んでいたため、2012年4月から改修工事が行われていましたが、4年間の工事を終え、来月20日から再オープンするそうです。
今から131年前の明治18年(1885年)3月15日、この豊平館の大広間に140名余りの青年が集まり、北海高校の起源である北海英語学校の開校式が行われました。現在開校記念日は5月16日ですけれども、それは1901年(明治34年)
に道庁が正式に認可した北海英語学校中学部の入学式が行われた日にちなんでいます。
いずれにしても131年前の開校式の場がそのまま現存しているというのは感慨深いものがあります。校長は大津和多理先生。札幌農学校(現在の北海道大学)の3期生であり、その時28歳であったといいます。当時、札幌農学校で学ぶためには英語力のあることが必須の条件になっていました。クラーク博士に代表されるように、札幌農学校の教師の多くは外国人だったからです。まだ日本語では高等教育ができなかった時代でした。北海英語学校は、札幌農学校への進学をめざす地元の青年のためにつくられた学校でした。
それから131年、北海はこの春までに39.270人の卒業生を社会に送り出してきました。2年生が卒業するときには、4万人を超えることになります。
その多くの卒業生の中で、今日は福地靖さんという方について話をし、後ほど映像も見てもらいたいと思います。昨年の春、NHK函館放送局の庄司さんという方から、福地靖さんについての問い合わせがありました。福地さんについては、作家・島木健作と仲の良かった同級生ということしか知りませんでした。調べてみると北海中学18期(大正12年3月卒業)で、同期には作家の島木健作(本名・朝倉菊雄、代表作「生活の探求」は戦前の大ベストセラー)をはじめ、北海中学・北海高校と北海野球部を38年間にわたって指導し「北海道高校野球の父」と称された飛沢栄三先生や、教育者で道立高校や札幌北斗高校の校長を務め、歌人としても有名だった横田庄八先生(拉致被害者横田めぐみさんの祖父)などがいました。福地さんは北海中学卒業後、早稲田に進学しましたが、その後京城医科大学(現在のソウル大学医学部)に学び、医師として満州に渡って開拓団の人々の生活を支えました。当時、日本は中国東北部に満州国という国(1932年〜1945年まで存在)を作り実質的に支配し、国策として多くの人々を満州開拓のために移住させていたのです。しかし、終戦直前、ソビエト軍が満州に侵攻し、開拓団の人たちは置き去りにされました。そして開拓団の人々の逃避行や集団自決という悲劇が起きました。福地さんは過酷な、絶望的な状況の中で冷静な勇気ある判断を下し、集団自決しようとする人々を生き延びるよう説得して多くの人々の命を救ったということです。戦後日本に帰ってくることができた人々の証言によって、福地さんの行動が語り伝えられたのです。残念ながら福地さん自身は生きて日本に帰ることはできませんでした。NHKは開拓団の記録や資料から、福地さんの人間的な行動は特筆すべきものとして、福地さんのことを取材しようとしたわけです。取材は難航しましたが、福地さんは飛沢先生と同じく古平の出身で、もともとの姓は近藤といい(どうして姓が変わったのかはわかりません)、実家は医院でした。現在、「北海道開拓の村」の旧北海中学校から程近いところにある旧近藤医院こそ、その実家だということもNHKの取材の過程で分り、その知らせを聞いて驚きました。戦後70年を経て、歴史の中から蘇ってきた福地さんの生き方や精神に深い感慨を覚えます。
島木健作に「ある友人のこと」というエッセイがあります。ある友人とは福地靖さんのことです。そこに描かれている福地さんは北海中学時代には「無口で、つかみどころのないヌーボーとした存在だった。興奮したり激語したり周章したりする彼を誰も知らなかった」と描かれています。物静かな落ち着いた人であったようです。しかし、一方で正義感が強く決断力に富み、豪胆なところがあって島木を驚かせたりしています。優れた読書家であり、また旅行好きで中学3年の時ひと夏かかって北海道中をまわり、4年の夏には九州・琉球のはてまで日本内地をほとんど巡り、さらに5年の夏には朝鮮から北満、蒙古まで行ったとのことですから、大変行動力のある人であったようです。
医者となってからは、満州関係者の話として、移民地でみなに神様のように慕われ、移民村の人々ばかりでなく満農の世話もしている。医者としては全く型破りの存在で、医は仁術ということを文字通り実践していると記されています。損得を度外視して奉仕的に治療にあたるお医者さんだったわけです。何ともスケールの大きい魅力的な人物です。
今日はこの後、その福地さんを取材したNHKのビデオ(ちょうど昨年夏に北海が甲子園で試合をしたその同じ日に放送されたもの)を見てもらいたいと思います。こういう先輩もいたということを、ぜひ記憶にとどめておいてください。
以上で私の話は終わります。