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札幌市にある北海高等学校から
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「校長先生から」カテゴリの記事一覧

前期終業式 校長講話

2019年09月27日校長先生から

皆さんおはようございます。早いもので、今日で前期が終了します。

振り返ると学習はもちろん、北海祭や部活動など、様々な場面で北海生がひたむきに活動、努力し、活躍をしてくれました。また、今日も「いじめに関する講演会」がありましたが、皆さんの真剣な態度が印象的でした。いかに自分の心をコントロールするか、対話の中でのことばを一つとっても難しさを感じることがありますが、学校生活をよりよくしているのにこういった意識を持つことは大変重要なことです。そのようなこと全てを含め、改めて皆さんのここまでの頑張りに対して称賛いたします。そして、後期を迎えるに当たり、皆さんには、要所要所での振り返りを大切に生活してもらいたいと思っています。今日はそういう意味から、禅の言葉に触れて話をします。

その言葉とは、「脚下照顧」(きゃっかしょうこ)です。皆さんも四字熟語として聞いたことがあるかも知れません。この言葉の意味は、既に文字に現れています。「脚下は、あしの下と書くので自分の足元、いま自分がいる時間や場所、あるいは立場ともとれます。照顧は、照らす、顧みると書くので、よく見つめ直しなさい」ということになるのだと思います。

「自分の足元を見つめる」   これには色々な解釈ができますが、元々は仏教から来ている言葉ですので、「見つめるべき足元」とは「自分の本性」と考えることもできます。

例えば、玄関で自分の履いている靴がどんな状態になっているか、散らかっている状況があったり、きちっと整理されていたり色々です。そこに見えているのは、その人の性格そのものと見なされるでしょう。ただ、散らかっている状況があるにも関わらず、そのことに反省をせず、自己中心的な思考で生活をするような人は、自分の行動に意識を持てないどころか、周囲の出来事や変化にも気づくことができず、何も学ぶことができないのではないかと思います。

実は、私たちの普段の言動は、ときに「常識の無さ」を疑われることがあり、一般社会では、誰からも知らされずにただ厳しく批判されたり、あるいは、どんなに高い志や能力がある人であっても、誰もそのような人にはついていこうとはしない。そんな現実があります。

本来であれば、日々の生活の中で、継続的に自分の立場、置かれた状況を踏まえて、客観的に自分を振り返ってみることが大切です。しかし、どうしても私たちは何かのきっかけがないと、自分を省みることは中々できてはいません。

例えば、私たちは、いろいろな事の始まりに必ず目標を立てています。もちろん、途中、振り返りも心掛けますが、実際には過ぎ去ったことをないがしろにし、知らず知らずのうちに目標や将来の理想も曖昧にしてしまっています。また反対に、理想の自分ははっきりしているけれど、現実の自分との間に大きなギャップを感じ、「こんなはずじゃない」と嘆いているケースもあります。

ただそこで、「それは自分だけじゃない、みんなも同じだから」と甘く考えてしまうことは、本来、向き合わなければならないことから目を逸らすことになったり、妥協でしかありません。やはり、理想に近づきたいと思うならば、そこに向かって足を踏み出す以外はないということを、私たちは強く肝に銘じておく必要があると思います。

重要なのは、モヤモヤとしたまま時を過ごすのではなく、一度しっかりと立ち止まり、現状を正しく理解すること。そして、たとえ小さな行動でも、それが理想に向かえているという手応えを感じることです。

ぜひ皆さんには、日々の生活の中に、「脚下照顧」の考えを取り込んで、「今の自分にできること」その繰り返しから、確かな足取りで理想に向かっていって欲しいと願います。自分づくりはまだまだ続きます。百折不撓の精神で、後期も一生懸命に頑張りましょう。応援しています。

8月19日 全校集会 校長講話

2019年08月19日校長先生から

おはようございます。今年の夏は札幌も記録的猛暑日が続き、みなさんも自己管理には工夫が必要だったのではないでしょうか。それでも普段できないことにチャレンジをするなど充実した夏休みを過ごして今日の日を迎えてくれていると思っています。実際に多くの3年生が、毎日のように朝早くから学校が閉まるまで真剣に自習に励んでいた姿を見ました。この努力はいつか必ず報われるものだと思います。今日から授業が再開されますが、3年生はいよいよ具体的に進路を決定する時期がやってきました。とにかく残りの時間を大切にして、希望する進路実現に向けて信念を貫いてください。また、1・2年生には様々な選択が迫られる時期が近づいてきています。将来をしっかりと見据えた取り組みができることを期待します。

この後、夏休み中の全国大会に出場した各部からの報告会がありますが、暑い中で戦ってきた選手のみなさん、本当にお疲れさまでした。とりわけ柔道部女子個人−70s級の佐々木南さんは全国3位という素晴らしい成績を収められています。この場を借りて改めてみなさんの健闘を心から讃えます。

さて、夏休みに入る前の集会で、私はみなさんに信念を持って欲しいという話をしました。根拠のない自信を持っていても行動はできないが、信念を持つことで行動につながるという話でした。今日は、それに関わる話をします。

ロバート・クリーゲルというアメリカの心理学者が書いた本の中に「信念の源は情熱」であるということがらを見つけました。このクリーゲルという学者は、1500人を対象に20年間に渡ってある追跡調査をした人物です。世の中で自分の能力を十二分に発揮し夢を実現させている人と、いくら意識してもそうはならない人に、どんな違いがあるのかを科学的に検証したものでした。この研究の結論をいうと、優れた能力に恵まれているけど消極的に生活をしている人より、いわゆる凡人といわれる普通の人でも、何にでも情熱的に打ち込める人の方が、夢を実現できる確率が圧倒的に高いというものでした。つまり、情熱ある人は、リスクをものともせず、何が何でも目標を実現させることができるということです。ではここで「情熱とは何か」ということですが、アップルで有名なスティーブジョブズは、「情熱とは使命」であるといっています。使命はミッションともいいます。つまり、「自分はこれをすべきだ」ということを自覚することであり、それはどう生きるかということに置き換えられます。使命感を持つことは、自分の人生に情熱を傾けることだといっていいでしょう。

この休み中、女子ゴルフの全英オープンで42年ぶりの快挙という報道がありました。岡山県出身、二十歳の渋野日向子選手です。実は彼女がプロテストに合格したのは昨年7月です。その直前、彼女の地元では中国・四国地方豪雨という災害が発生していました。渋野選手は、復興が必要なのにこのままテストを受けていいのかと複雑な思いでいたそうです。しかし、被災された人たちから応援を受け、強い思いでプロテストを受けたことを会見で語っていました。使命という言葉は使っていなかったけども、『地元を元気づけるには、私が結果を出すしかない』と決意したそうです。きっと渋野選手は、その使命感をもって難関であるプロテストに合格をし、全英オープンの偉業もプロゴルファという自身の生き方に情熱を燃やす中で達成し得たものだと思います。

夏休み前、みなさんには校内で実施している「学校生活アンケート」に回答してもらっていますが、そこには「自分の進路が決まらないことへの悩み」や、「学習習慣の向上に対して行き詰まりを感じていることへの悩み」があることを見て取れました。進路とは生き方そのものですから簡単な訳は決してありません。だからこそ自分のことを深く理解しようとしたり、自分にとっての使命とは何かを考え、それを見つけていくことが大切になると考えます。実際の勉強時間の確保とかとは別にそういった心を養っていくバランスも重要であると言えます。節目となる前期終了まで約6週間、多くの選択に迫られる後期によりよいスタートを切るためにも、自分としっかりと向き合いながら丁寧に生活することを願い、今日の私の話を終わります。

7月21日 全校集会 校長講話

2019年07月23日校長先生から

改めてみなさんおはようございます。ただいま、大変多くの表彰をしました。本当にここまでの皆さんの頑張りに嬉しさを感じています。

また、先日は硬式野球部の全校応援がありました。試合は惜しくも敗れはしましたが、選手たちは北海生らしい粘りのある決してあきらめないプレーをしてくれました。それはまた、全校生徒の応援の力がそうさせてくれたものだと実感しています。実際、応援には大きな力が存在します。例えば、受験は団体戦であるともいわれますが、お互いに励まし合いながらそれぞれの目標に向かっていくことは、一人で取り組むよりも大きな力を与えてくれるものです。こういった力があることを信じて、ぜひ今後の生活の中に役立てて欲しいと思います。

ここで一つ報告になりますが、野球部キャプテンの辻本君が、今年の夏の甲子園大会の開会式で、全出場校の先頭を歩く先導役に選出されていることを紹介しておきます。今の阪神甲子園球場は、夏の甲子園第10回大会の1924年に完成したもので95周年を迎えています。95年前の開催初日の第一試合が静岡高校と北海高校の対戦でした。激戦のうえ勝者となったのが北海です。つまり、夏の甲子園大会初勝利は北海であったわけです。今年は元号も変わり、また101回大会という新たな歴史のはじまりの年になっています。そんな巡りあわせから、時を経てこのような形でみなさんと北海と全国の野球史を共有し、北海の名が知られることは、私たちにとって大変名誉であることだと感じています。辻本キャプテンには、ぜひ胸をはって堂々とその大役を務めてきて欲しいと思います。

さて、今日は、「信念を持つことの大切さ」について少し話をしたいと思います。

皆さんはエドモンド・ヒラリーという人物を知っているでしょうか。ヒラリーは、ニュージーランド出身ですが、イギリスの登山隊に所属して人類初のエベレスト登頂に成功した登山家です。ヒラリーは、登頂を成功させる前に、別の登山隊の一員としてチャレンジをしたことがありましたが、隊員の命を失うとともに失敗を経験していました。この失敗の直後、ロンドンの街中、多くの民衆の前でその報告会が行われました。このときヒラリーは、そこに飾られていた大きなエベレストの写真に向き直って、こう宣言したそうです。「エベレストよ、今回は私たちの負けだ。だが必ず舞い戻って登頂してみせる。なぜなら、山はこれ以上大きくならないが、私はもっと成長できるからだ」と。この宣言は、もはや国の威信をかけることだけではなく、命を落とした仲間や支援してくれる人たちへの強い誓いであったのだと思います。

私たちの周りにも乗り越えなければならない障壁はたくさんあります。大きなものとしては受験がそうです。普段の行動の中にも様々なものがあるはずです。いかにその障壁を小さくして乗り越え易くできるかという戦略的な考えもなくはないですが、本当に大切なのは、ヒラリーが言うように、自分を大きくして乗り越えていくのだということです。

そうすることで、人生の中の様々な障壁にもそう安々とは挫けることはないのでないかと思えます。しかしこれは、単に自分に自信を持つということではありません。自分を大きくするその唯一の方法となるのは、自分には必ず乗り越えられるのだという前向きさ、つまり決意であり信念を持つことです。人は自信を持つだけでは行動に至りませんが、信念には必ず行動が伴うということを、ぜひ私たちは学んでおきたいと思います。

自分はこうやるという強い意志を持って計画を立てても、気付くとその通りできていないことが間々に在ります。

もし皆さんも、自分には行動が伴っていないと思うことがあるなら、自分に強い信念があるかどうか、一度しっかりと検証をすべきだと思います。

そして、良い結果を得たいのであれば、それにふさわしい行動をとることが必要です。ぜひ実り多い秋を迎えるために、この夏にこそ強い信念を自分の中にしっかりと持って欲しいと願います。

いよいよ明日から夏休みです。まとまった時間がとれるというメリットと活かして、ぜひ自分を向上させることのできる時間の使い方を考えてください。特に3年生は、休みが明ければすぐに進路決定に向けての具体的な動きが始まります。進路意識の向上・学習の質と量など休み中の一定の取り組みが、進路実現のための決定的な土台になります。しっかりとした健康管理と時間を上手に活用することで、充実した夏休みを過ごして下さい。これで今日の話を終わります。

開校記念日前日 校長講話

2019年05月15日校長先生から

 北海高校は明日、創立134周年となる開校記念日を迎えます。表彰に引き続いて、今日は北海の歴史について少し話をいたします。

北海の歴史は、その源である北海英語学校の時代から始まり、北海中学、そして北海高校と変遷してきました。ちなみに今年3月に卒業した先輩は、高校の71期生になります。従って今の3年生諸君は高校の72期生、2年生は73期生、1年生は74期生ということになります。ぜひこの機会に知っておいてください。そして私も北海高校卒業で、高校35期です。

北海高校の起源となる北海英語学校は、1885(明治18)の3月に開校しています。1885年という年は、日本に内閣制度が創設された年ですが、初代内閣総理大臣はだれですか? 伊藤博文ですね。時の初代文部大臣は森有礼という人物です。明治の時代は維新の時代です。いろいろな意味で日本が欧米に追いつくためには、近代的な教育制度を整える必要がありました。1876年に高等教育機関として札幌農学校(現北海道大学)が開校していましたが、そこへ進学するための中等教育機関はなかったため、北海英語学校は、道内唯一の中等教育機関として開校したわけです。なぜ英語学校であったかというと、当時の高等教育機関にはアメリカ人教師が多かったため、相当な英語力が必要だったと考えれば納得できると思います。ちなみに、公立で初めて開校した中等教育機関は、札幌中学、のち札幌一中と呼ばれた現在の札幌南高校で、北海の10年も後のことになります。

北海草創期に欠かすことができない人物には、大津和多里、浅羽靖という人物がいます。浅羽靖は、北海英語学校に中学部をつくり、1901(明治34)516日に認可を受けます。これが現在の開校記念日の由来であり、浅羽は北海学園の父とも称されています。毎年、浅羽先生の命日である1022日には浅羽祭というものも執り行われています。話を戻して、この時代には、当時の世相もうけ「自由と正義」、「反骨の精神や在野の精神」、そして「質実剛健・百折不撓」など、いわゆる後に「建学の精神」と形作られるものが産み出されることになります。そして、これら先人たちの志を基礎に、今日により近い北海高校の気風を築き上げたといっても過言ではない人物が、戸津高知という先生です。

戸津先生は、もともと仙台の出身で、札幌農学校への進学を目標に北海英語学校に学びました。つまり戸津先生は君たちの大先輩です。そして、札幌農学校に進学した後、札幌中学(現札幌南高校)の英語教師になりますが、まもなくして母校の教頭となり、1905年には、校名も北海中学校という名前に変わりました。

戸津先生の時代には、いろいろな理由から公立に入学できない、例えば、体が不自由であったり、当時の社会に対して批判的で、はみ出し者として見られていたような生徒にも入学を許しました。当時はまだ、社会には自由さがなく、世の中全体が画一的であったため、枠にはまらない生徒は、公立では受け入れられなかったというのが一般的でした。それに対して、とにかく人格や個性を伸ばそうというのが、北海の教育の原点になった訳です。

戸津先生は、学校に自由な空気をもたらす中にも、生徒の学習に対しては非常に厳格で、同時に文化活動やスポーツの振興に力を尽くされたと言われています。また、地域社会の要望に応えられる人材を育成するという使命をより強くした時代でもあり、その日常からの鍛錬こそが北海が文武両道といわれるようになった所以だろうと思います。

「北海百年史」という文献を見ると、北海中学の生徒は、「勉強する者は猛烈に勉強し、スポーツに打ち込む者は徹底的にスポーツをやっていた」ことがよくわかります。その結果として、当時の一般的な教育の枠にはまらずにいた生徒の中からも後世に名を残すような卒業生が多くでていきました。

学術分野の代表といえば、日本初の癌の集団検診をはじめ、日本学士院院長、東北大学学長を務めて文化勲章を受章した黒川利雄博士がいます。また、スポーツ面での代表といえば、ロサンゼルスオリンピック陸上競技三段跳びの金メダリストである南部忠平がいます。職員玄関近くの会議室前には、2体のブロンズ像があるのを知っていると思いますが、正にいま紹介したお二人の像です。

冒頭、私は高校35期の卒業生といいましたが、私が高校1年生の時、北海高校は創立95周年を迎えました。私はその記念講演として、黒川先生、南部先輩のお話を聞いた経験があります。

南部先輩は、「スポーツ人生」、黒川先生は「癌について」というタイトルでの講演でした。そのほとんどの内容は私の記憶からは消えていましたが、当時の私たち在校生に向けられたあるメッセージは、大変共感をして、言葉だけは覚えています。

南部先輩の言葉は、北海生は「学校の優等生より、社会の優等生になれ」というものでした。当時高校生だった私は、素直にそうだな、そうありたいな と思ったことを記憶しています。先ほども話にだした「北海百年史」を読むと、この言葉は、そもそも南部先輩の時代の校長・戸津先生の口癖であったことが書かれていました。また、南部先輩は、自ら「紺碧の空に仰ぐ感激の日章旗」という著書を記しています。その中には、100分の1秒を縮めるために、馬の動きからスタート・ダッシュの研究をしたとか、猿の飛び上がる様から助走スピードのヒントを得たなど、たゆまない研究と練習としたというエピソードが書かれているのですが、「自分の才能や個性を見つけられたこと、そして自分に自信を持って研究や練習にあたる強い精神力を築くことができたそもそもは、北海中学時代にあったと述べています。「学校の優等生より、社会の優等生になれ」南部先輩はきっとこの言葉にいつも励まされながら、世界一という偉業を成し遂げることができたのだと思います。

また、黒川先生からの言葉は、「山上に山あり、山また山」というものです。これについても「北海百年史」によれば、黒川先生が、中学を卒業してから浅羽校長から受け取ったはがきの一節であったこの言葉を、黒川先生自身の処世訓としていたものであることがわかります。

黒川先生は、胃がんの集団検診車の開発で、実際に早期発見により成果をだすまでには20年以上を要し、同時に最先端のがん治療法の研究も続けていましたが、医学の道は、山を登り詰めたかと思えば、また目の前には高い山がそびえ、それに挑まなければ人の命は救うことができない。そのような立場にあった黒川先生が苦難に立ち向かうとき、先生自身がいつも思い起こす言葉であったことを想像することができます。

「学問にも、人生にも、山を乗り越えればまた山があるんだ、人は一生努力し学び続けることが大事なんだ」という意味を持つこの言葉、「山上に山あり、山また山」は、ぜひみなさんにも代々伝えていってほしい北海ならではの言葉です。

北海の卒業生には、このように社会の優等生が本当に数多くいると思います。それは、歴史に名を残しているか否かではなく、自分の持っている才能や個性がここで見出され、それを磨き、大小あっても社会の中で他に良い影響を与えている人という意味になるでしょう。それが社会の優等生です。北海の建学の精神は、どれだけ時間が経っても脈々と受け継がれています。私はそのことに誇りを感じています。皆さんも、そういう土壌に、いま根を張って、やがて花をつけ実をつけることのできる大きな可能性をもっていることを今一度知って欲しいと願っています。これからの高校生活の中、良き指導者、良き友を得て、良い伝統を継承していくとともに、皆さん自身の人間形成にプラスになる学校生活を送ってほしいと思います。以上で、開校記念に際してのお話を終えます。

2019年5月16日

入学式 校長式辞

2019年04月09日校長先生から

 2019年度入学式式辞

陽射しに柔らかな春の兆しが感じられる季節になりました。本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生をはじめ、北海学園大学学長・安酸敏眞先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫先生、そして北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様の見守る中、本日ここに北海高等学校の平成三十一年度入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。
 425名の新入生の皆さん、入学おめでとう。私たち教職員はもちろん、皆さんの先輩となる2年生・3年生も皆さんの入学を心より歓迎しております。真新しい制服に袖を通し、この学び舎で新しい友と出会う。「春」は常に人の心をうきたたせ幸せを感じることのできる季節です。新しい出会いは人生の慶びであり、また大きな責任を感じる瞬間であります。
 北海高校は、1885年(明治18年)に創立された北海英語学校を起源としております。北海英語学校は、札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でしたが、英語はもちろん、数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われました。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校であったわけです。その教育のあり方には、新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さを伺い知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。

北海高校は、創立以来、今日まで134年の歴史を刻み、道内有数の伝統をもつ学校です。4万人を超える卒業生は、北海高校の卒業生であることを誇りとして、社会のさまざまな方面で活躍し、本校は名実ともに北海道を代表する私立高校として、全国にその名を知られております。
 北海高校の歴史は、明治の時代から各時代を生きた青年たちのかけがえのない青春の歴史に他なりません。5月より新元号が「令和」となります。新入生の皆さんはその1期生になり、北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることとなります。皆さんが、この北海高校を青春の舞台として、自からを磨き、輝かせ、互いに励まし合い、助け合いながら、自律した立派な若者として成長するよう心から願っております。
 さて、皆さんは今、高校生活のスタート地点に立っています。それぞれにこれから始まる高校生活への夢や希望を抱いていることでしょう。多少の不安もあるかもしれませんが、何よりも大切なことは、義務教育を終え高校に入学した今この時が、自分自身の人生を自ら創造していくはじまりであるということです。まずそのことをしっかりと認識してほしいと思います。高校入学とは、自立した自分づくりの出発点に他なりません。
 新入生のみなさんが高校生活をスタートさせるにあたり、ぜひ心に留めていただきたいことを2点、お話したいと思います。
 ひとつめは、一日も早く大人としての考え方をもってもらいたいということです。子どもが持つ甘い考え方を捨て去るという覚悟をもってほしいのです。江戸時代末期、現在の福井県出身の幕末の志士であり、思想家でもあった橋本佐内が、数え年15歳の時に「啓発録」というものを記しています。佐内は自身の子どもの頃を振り返って「これまでの自分は何をしてもおろそかで、注意が行き届かず、いくら勉強しても進歩がないように思う」そう自己を分析をし、自分を恥じて自己変革のための宣言をこの「啓発録」に記しました。その中には自分の生き方の指針として「稚心を去る」・「気を振るう」・「志を立つ」・「学に勉む」・「交友を択ぶ」という五つのことを示しています。佐内はこの宣言に対し、強い信念と責任をもって実行し、やがては全国を舞台に活躍する人物へと自らを変えることに成功することができました。

新入生の皆さんも、自分を変える第一歩として、何よりも「稚心」(子どもっぽい心)を捨てるということを考えてほしいと思います。自律する覚悟をもつ、つまり自分の人生を創り上げていくのは自分自身なのだという自覚をしっかりともってほしいと願います。
 今ひとつ、新入生の皆さんに望みたいことは、これから始まる3年間の高校生活の中で、よりよい習慣を身につけてほしいということです。アメリカの作家でコラムニストのウィルファード・アラン・ピーターソンは、「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。変化するには、古い習慣を新しい習慣と置き換えねばならない」と述べています。人間は、普段意識していない習慣性の中で漠然と生活することが多くあります。しかし、その習慣によってこそ人は育成され、人生は繰り返される習慣の結果として形作られます。新入生の皆さんには、自らの行動を客観的に捉える意識を持ち、ぜひこの高校生活3年間の間に、自分を成長させ、よりよい人生を導くような、よい習慣を身につけることに努めてほしいと思います。子どもっぽい心を捨て去ることと、自分を成長させるよい習慣を身につけること、ぜひ心に留めておいてください。
 そしてまた、北海高校には、建学以来の基本精神を表すものとして大切にしている「質実剛健」・「百折不撓」という言葉があります。ちょうどその書が皆さんから見て左手に掲げられております。「質実剛健」とはうわべを飾ることがなく誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしく、よりよく生きていくためにこそ「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。
 北海高校での三年間には、自分づくりのきっかけとなるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、確かな自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。
 結びとなりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心よりお礼を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでまいります。今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。              平成31年4月9日 北海高等学校校長 秋山秀司

始業式 校長講話

2019年04月08日校長先生から

4月になっても雪の日が続き、春も少し足踏みしたかのような気がしますが、木々には新しい芽吹きがみられ本格的な春の到来を感じています。先日には新元号「令和」の発表があり、いろいろな意味で新たな始まりとなりました。

修了式の日には離任式がありましたが、前年度でご退職された山崎省一先生に代わり、この春からは私が校長を務めることになりました。微力ではありますが、教職員の方々と共に力を合わせて北海高校の教育に力を尽くしたいと、思いをあらたにしております。どうぞよろしくお願いします。
 さて、今日から新学期が始まりました。皆さんも心新たに今日の日を迎えてくれていると思っています。春は希望の季節であり、新しい出会いの季節です。君たち一人ひとりにとって、よりよい自分を創りだす良い機会となることを心から願っています。
 徳川家康という武将は、誰もが知っていると思いますが、家康の人生訓に「不自由を常と思えば不足なし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え」という言葉があります。これは、不自由なことがあっても、実はそれが当たり前のことだと考えれば不満を感じることはないということです。様々な出来事に我慢ができなくなったり、我がままになってしまい、すぐに怒ってしまうようことがあれば、それは正しい心の持ち方ではない。自分をコントロールできなくなるのは、「心の敵」だと思いなさい。という意味になろうかと思います。

現代は科学技術の発展もあり、私たちの生活の質は大変向上し、便利で豊かなものになっています。しかし、それらのことに慣れすぎてしまったり、合理的なことばかりを追求したりする中で、本来そこにある大切なプロセスを踏まえることに対しては、「面倒だ」とか、「無駄じゃないか」と考えてしまいがちです。それは安易に思考することを敬遠していることにも他なりません。

 また、先ほどの人生訓には、「勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば、害その身に至る」という言葉が続きます。これは、勝つことばかり知っていても、負けを知らないことは大変危険であるという意味です。学習においてもスポーツにおいても、目標を達成するために必要なものは、まず自分自身の弱さを知り、失敗とその悔しさをバネにして、心を強くしていけるかどうかが根底になくてはならないと思います。つまり、失敗することがいけないのではなく、むしろその失敗の経験は重要なことであり、大切なのは、何度失敗しても挫けないということになるのだと思います。まさにそれは、北海高校の建学の精神「質実剛健・百折不撓」に通じるものです。人の気持ちとは、実は弱いものですから、失敗の原因をついつい他人や環境のせいにしてしまったり、せっかく何かに決意して立てた計画であっても簡単に崩してしまうようなこともあるのではないでしょうか。そのようなことが起こり得ることを、予め肝に命じて生活する必要があるかと思います。

新学期というこの節目に、ぜひ自分という感情をコントロールし、人に対しても、自分に対しても心の持ち方を向上させる、また新たな自分づくりの出発点としてほしいと思います。納得のできるよい一年を皆で創りあげていけるよう努力していきましょう。

以上で、年度の初めにあたっての私の話を終わります。