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「校長先生から」カテゴリの記事一覧

7月21日 校長講話

2018年07月21日校長先生から

 いよいよ明日から夏休みに入ります。

 夏休みはある程度まとまった時間をもつことのできる時期だと思います。それぞれの時間管理の力が問われるということでもあります。時間を上手に活用して、各自、暑さに負けず充実した夏休みを過ごしてほしいと思います。なお、本格的に夏を迎えて、全国で熱中症により亡くなられたり、病院に運ばれたりという方が多数に上っています。くれぐれも体調管理に留意してください。

 さて明治から昭和にかけて活躍した小説家に幸田露伴という人がいます。西洋の圧倒的な影響下にあった日本の近代文学の中にあって、東洋思想の伝統に根ざした独自の作風を樹立し、まさに文豪と呼ぶにふさわしい人です。若い頃には電信技士として余市に住んでいたこともあり、北海道にも縁がある作家です。

その幸田露伴の書き著した『努力論』という本の中に、「一時一事」という言葉が出てきます。一つの時に一つの事です。幸田露伴は「気」というものを大切にします。「一時一事」というのは、何事もひとつの事をやっているときには、気を散らさないでそのことだけに集中しなさいということです。一つの事をしながら、他の事を思ったり、他の事に気を取られたりしてはいけない。それが物事を成し遂げると時に最も重要なことだというのです。

現代社会はマルチタスクの社会です。複数の事を同時に行う、いわゆる「ながら行為」が日常の風景になっています。しかし、私たちの脳はもともと複数の課題に集中することができないようになっているそうです。脳科学の分野では二重課題干渉と呼ばれ、同時に二つのことを並行して行うと結果的により多くの時間がかかりミスも増えると言われています。さらにマルチタスクを長く続けていると、脳の認知機能低下につながるとも指摘されています。脳がいわゆる「いっぱいいっぱいの状態」を強いられると、ストレスホルモンの一種であるコルチゾールの値が高くなり、免疫力の低下や、脳の海馬の委縮による記憶力の低下をもたらすのだそうです。脳科学の面からみても、「一時一事」は重要なことであるわけです。

現代社会はスピードを強いる時代ですが、そのスピードについていくために物事への対応が雑になっていることが多いように思います。「一時一事」、今自分がやっていることに対してのみ心を集中させる、今やっていることだけに思いを寄せる、そうして一つ一つの事を完結させることが大事なのです。その積み重ねが、丁寧に生きることにつながります。

夏は、暑さのためにとかく集中力が失われがちな季節です。「一時一事」を思い出し、気を散らさず、心を整えて、どうぞよい夏休みを過ごしてください。

校長講話

2018年05月15日校長先生から


 北海高校は明日開校記念日を迎え、創立133周年ということになります。


 現在、中島公園にある北海道立文学館で子母澤寛という作家の文学展が開催されています。(会期 4月20日〜6月24日)子母澤寛は本名・梅谷松太郎、石狩の厚田生まれで、事情があって父親を知らず母親とは別れ、祖父の梅谷十次郎に育てられました。祖父は幕府の御家人でしたが、彰義隊に加わった後、函館戦争にも敗れ、厚田まで逃れてきた人でした。梅谷松太郎は旧制北海中学を明治44年に卒業、明治大学で学び、読売新聞、東京日日新聞(現毎日新聞)などで活躍、その後、子母澤寛として日本を代表する時代小説家となりました。さまざまな形で新撰組が取り上げられるきっかけを作った「新撰組始末記」やNHK大河ドラマの原作ともなった「勝海舟」をはじめ、数多くの名作を残しています。映画で有名な「座頭市」も原作は子母澤寛です。子母澤寛は、ご自身の生い立ちもそうなのですが、歴史の中で日の当たらなかった人たちに光を当てた作品を多く残しています。今回の文学展ポスターのキャッチコピーには、「負けてなお屈せぬ男たちがいる!」とあり、どこか北海のスピリットとつながるものを感じます。子母澤寛の文学的出発点は、北海中学の「協学会誌」という雑誌です。子母澤寛は在学中、この雑誌に詩、俳句、論説などさまざまな作品を発表しています。現在開催中の文学展にその「協学会誌」を貸し出しています。みなさんもぜひ文学展に足を運んで大先輩の業績を見てほしいと思います。


北海は、子母澤寛をはじめ、北海道出身者として最初の芥川賞作家となった寒川光太郎、直木賞作家の和田芳惠など多くの文学者を生み出してきましたが、今日は島木健作という作家の話をしたいと思います。何年か前に、生徒会誌にも書いた話です。


十数年ほど前のこと、道南にある妻の実家が転居することになりました。明治の末に建てられたという旧居は、いわばタイムカプセルのようなものであり、家の中を整理すると歴史的遺物?が沢山出てきました。その中に二冊の本がありました。『生活の探求』正続の二冊です。正編が昭和十二年(一九三七)十月、続編が昭和十三年六月に刊行されています。妻の実家にあったものは、奥付を見ると正編が112刷、続編が75刷となっていました。『生活の探求』は、当時の大ベストセラー小説だったのです。


著者の島木健作は、北海高校の前身・北海中学を大正12年(1923年)に卒業しています。本名は朝倉菊雄、北海中学の同級生には、後に北海野球部の監督を長く務め、「北海道高校野球の父」と称された飛沢栄三先生や教育界で活躍した横田庄八先生(拉致被害者横田めぐみさんの祖父)がいます。


島木は北海中学についてこんなふうに書き遺しています。北海の先輩・野呂栄太郎について書いた文章(「野呂栄太郎氏」)の中の一節です。


 「私が学んだ北海道のある都市の某中学というのは、名をいえばわかるが、非常に有名である。東京の人などは、北海道の代表的な中学であるかのように思っている。理由はスポーツに強く、ことに野球ではほとんど毎年全国大会に出て来て、その都度、新聞に名がのぼるからである。(中略)放埓なほどに自由で、絵とか文学とか音楽とかいうものは、他の中学には見られぬほどに盛であった」


島木が書き記した北海の校風は現在まで脈々と受け継がれているといえます。

島木自身、大正11年(1922年)に、文芸部を発足させ『北中文芸』を創刊して、翻訳、創作、評論と中学生とは思えぬ健筆ぶりを示しています。卒業後の島木は紆余曲折を経ながらも、自分なりの文学の道を切り拓いていきました。


『生活の探求』が刊行された昭和12年、当時の日本は軍需景気で沸き立ち、二月には東京株式市場が創業以来の取引高を記録しています。しかし七月には盧溝橋事件が起こり、日本は急速に軍国主義に傾斜していくことになります。前年には2・26事件が起こっており、「国民精神総動員」が叫ばれる、そんな時代背景の中で、『生活の探求』は多くの人々に求められ読まれたわけです。激動の時代の中で、人々が求めたものは確かな「生活」であったといえます。

 『生活の探求』は題名そのものが示すとおり、ドラマティックな内容をもつ作品ではありません。杉野駿介という青年が、東京での学生生活や都会の生活に懐疑的になり、郷里の香川県に帰って農民として生き抜こうと決意する、ただそれだけの話ですが、この作品は島木健作が時の権力によって思想的立場の転向を強いられるという、その人生と文学上の大きな挫折を経て、生み出した作品でした。真摯に「生活の探求」をめざす杉野駿介は、こんなことを語っています。


 「・・・僕はこれは実に重大なことだとおもうのです。・・・生活に対する愛を持ち得ないような人間になっているのではないかと云うおそれです。人間生活の美しさや醜さや豊かさや貧しさやに対して、喜びや悲しみや怒りや憎しみやを素直に生々と感じることの出来ないかなしい人間にです。人間としてこれは一番に大切なものです。そういう愛があってはじめて積極的な生活者になれる。生活のなかから益々そういう愛を深め、それは又逆に彼の生活を豊かな立派なものにして行く。挫折してもまた起ち上がって行く力もそこから汲みだせる。

・・・ともかくそういう、生活に対する愛と憎しみとを失った無感動な人間はふえて行っています。・・・それは一種の現代病でしょう。それの原因はおそらく複雑なものでしょう。・・・しかし僕はそういう人間にだけはなりたくはない。」


 今から約八十年前の青年が抱いた「生活に対する愛を持ち得ないような人間になっているのではないか」という「おそれ」は、現代の私たちをも深く包み込んでいるのではないでしょうか。過剰なモノに取り囲まれ、情報の氾濫に押し流されながら、あわただしく消耗し摩滅していくような日々の中で、「人間生活」の「美しさ」「豊かさ」を実感できている人は果たしてどれほどいるでしょうか。「一種の現代病」はさしたる自覚症状もないままに、より深く私たちを蝕んでいるのではないかと思います。

生活への愛の深まりが、さらに生活を豊かな立派なものにし、生きる力を生み出していく、そんな「人間生活」をどのように創り上げていけばよいのか。

杉野駿介は言います。大切なのは「簡粗な清潔な秩序ある勤労生活」、「平凡な事柄の持続的な実行」であり、「過去と未来との双方に無用に引きずり廻されることなしに、その日その日の生活を一つ一つ土台石をおくようにして積んでいくこと」であると。それを自分の生活信条としたいというのです。

状況に無自覚に押し流されたり、過去や未来に無用に引きずりまわされたり、徒に不平不満に埋没して生活を腐らせるのではなく、与えられた一日を確かなものとしていく決意と実践こそが「人間生活」を創り上げるのです。

 どうぞ皆さんも『生活の探求』に書き記されているように、生活への愛を育み、一日一日を丁寧に生きてほしいと思います。


開校記念日の話(2018・5・15)


校長 式辞

2018年04月09日校長先生から

 式辞 あたたかな陽射しの中で木々が芽吹き、花々も咲き始める、そんな命輝く季節が巡ってまいりました。本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生、北海学園大学学長・安酸敏眞(やすかた としまさ)先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生をはじめ、北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など本校の教育を支えてくださっている皆様のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守ってくださる中、ここに北海高等学校・平成三十年度の入学式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上もない慶びとするところであります。

536名の新入生の皆さん、入学おめでとう。皆さんの入学を心より歓迎いたします。

北海高校は、1885年(明治18年)に創立された北海英語学校を起源としております。北海英語学校は、札幌農学校予科(現在の北海道大学)への進学をめざした中等教育機関でしたが、英語の文法やリーダーを教えただけではなく、数学、地理、歴史、理学なども英語の原書を使って授業が行われました。つまり「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」学校であったわけです。その教育のあり方には、新しい時代を切り拓いていこうという理念や志の高さ、清新なフロンティアスピリットをうかがい知ることができるように思います。志によって学校が創られ、教師も生徒も志に生きた、そこに北海高校の教育の原点があります。以来、今日まで130有余年の歴史を刻み、4万人を超える多くの優れた、かつ個性的な人材を社会に送り出してまいりました。明治、大正、昭和、そして平成と、それぞれの時代の中に刻印されたかけがえのない青春の軌跡こそ、北海高校の歴史に他なりません。今また北海高校の歴史に新たな青春の1ページを加えることができることを、心から嬉しく思います。

人間教育をベースとしながら文武両道の実現をめざしてきた北海高校の教育的伝統は、生徒がそれぞれの個性を認め合い、励ましあいながら切磋琢磨するという校風を生みだしてまいりました。昨年の春、京都大学に進学した卒業生は「北海は、勉強で頑張る人、スポーツや文化活動で頑張る人、それぞれがお互いを認め合い、応援してくれる。そのことが嬉しかったし、北海の一番の魅力であり、好きなところです」と話してくれました。新入生の皆さんも、今日からこの北海高校を青春の舞台として、自分を磨き、輝かせ、そして互いに励まし合い、助け合いながら、自立した立派な若者として成長するよう心から願っております。

春は希望の季節であり、新しい出会いの季節です。新入生の皆さんはそれぞれにこれから始まる高校生活への抱負や期待をもっていることと思います。高校に入学したということは自立した自分創りの出発点に立ったということでもあります。

高校生活をスタートさせるにあたり、皆さんに望みたいことは、まず何よりも、志を立ててほしいということです。人は生まれながらにして人となるわけではありません。人が人となるための第一歩は、志を立てることです。志とは、心に決めた目標に向かって進んで行こうとする気持ちであり、たとえ多くの困難や障害があったとしても、それを乗り越えて自分の目的を成し遂げようとする決心のことです。志のない人生は浮草のようにはかなく頼りないものです。志を持たずに人生という道のりを歩く人にとって、さまざまな困難や障害は耐え難いものと感じられることでしょう。しかし、志の定まった人はそれを克服されるべき困難、解決されるべき課題として受け止め、自分を高めるチャンスとします。

そして自分ひとりの満足のために何か目標を立てても、それを志とは言いません。志は、自分を活かしきることが、同時に社会のため人のためになるというものでなければなりません。志を立てるということは、言葉を換えれば自分の人生の使命、ミッションを自覚することです。この世に授けられた自分の命を何のために使うのか、何のために命を燃やすのか。そのことを深く考え、日々の生活の中で自分の使命を果たしてゆく。そこにそれぞれの人生の独自な価値が生み出されます。何を自分の志とするかを決めるのはむろん容易なことではありませんが、新入生のみなさんには、北海高校での生活と経験、あるいは他者や世界との関りを通して、自らの志を立て、志を育み、志を磨いてゆく、そんな三年間を創り上げてほしいと願っています。

志をもって生きてゆくために最も必要とされるのは、自分自身をコントロールする力です。たとえば、計画的に物事に取り組む、時間を有効に活用する、自分の弱さや甘さを自覚して克服するように努める、優先順位をつけて物事に取り組む、一喜一憂しないなど、わかってはいるけれどなかなかできないことを着実にやりとげるためには、何よりも自分自身をコントロールする力が不可欠です。かけがえのない青春期を、空転の季節としないためにも、皆さんにはぜひ、自分自身の心と体をコントールする力を身につけてほしいと思います。

志を立て、自分をコントロールする力をもつことができれば、それは自分自身を信じる力となります。人は頑張りきることができる自分、最後まであきらめない自分、困難にくじけない自分を見出した時に、自分を信じることができます。自分自身を信じる力、それは人生を生きてゆく上で最も大切な力です。

皆さんは、今、学びの新たな出発点にも立っています。学びは教室の中だけにあるわけではありません。北海高校での三年間の中には、自分づくりの契機となるもの、糧となるものが数多くあるはずです。ぜひ積極的な姿勢で高校生活に臨み、学校生活のあらゆる場面で真摯に学び、日々の生活の具体的な営みひとつひとつに心を込めて取り組むことで、確かな自分、信じるに足る自分といえるものを創り上げてほしいと思います。そのために、私たち教職員も精一杯、皆さんをサポートし、この三年間、皆さんと共に歩みたいと思いを新たにしております。

北海高校には、建学以来の基本精神を表すスクールモットーとして、「質実剛健」「百折不撓」という言葉があります。ちょうど皆さんから見て左手にその書が掲げられております。「質実剛健」はうわべを飾ることがなくて誠実であり、心身ともに強くたくましいという意味です。「質実」であることは信頼される人間であるための基礎であり、「剛健」であることは自分らしく生きるために不可欠なことです。また「百折不撓」は何度失敗しても挫折してもくじけないという意味です。北海生の誇りは失敗しないことや挫折しないことではなく、失敗しても挫折してもそれにくじけないことにあります。新入生の皆さんには、自分らしくよりよく生きていくためにこそ、「質実剛健・百折不撓」の精神を自らの中に根付かせてほしいと願います。そして、私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きていますが、そんな時代であるからこそ、皆さんが北海英語学校以来のフロンティアスピリットを継承し、新たな時代を切り拓いてくれることを期待しております。

 結びとなりましたが、保護者の皆様にはお子様の教育を本校に託していただき、心より感謝を申し上げます。ご期待にそえるよう教職員一同力を尽くして日々の教育に取り組んでまいります。

今日から始まる北海高校での三年間の生活が、新入生の皆さんにとって、人間的成長の新たな出発点となり、人生の確かな土台となることを心から願い、以上式辞といたします。


平成三十年四月九日

北海高等学校長  山 崎 省 一

始業式 校長講話

2018年04月07日校長先生から

例年より早く雪が消え、札幌の街にも春が訪れました。

今日からいよいよ新学期が始まります。皆さんも心新たに今日の日を迎えたことと思います。春は希望の季節であり、新しい出会いの季節です。皆さんひとりひとりにとって、この新学期が、新たな希望と出会いの中で、よりよい自分を創りだすよい機会となることを願います。


 江戸時代、佐藤一斎という儒学者がいました。西郷隆盛、山田方谷、佐久間象山など江戸末期に活躍した多くの人々に、大きな影響を与えたことで知られています。その佐藤一斎の著した『言志四録』という本の中に、「やむを得ざるにせまりて、しかる後にこれを外に発するものは花なり」という言葉が出てきます。

北海道もこれから花の季節を迎えますが、やむにやまれぬぎりぎりの状態になって、初めて蕾を破って外に咲き現れてくるのが花であるというのです。花は自然に精気がほとばしるように咲くものである。決して人や蝶のために咲くのではありません。詩人の大岡信の文章の中に染色家の志村ふくみさんから聞いたという桜の木のエピソードが記されています。桜の花が咲く直前の頃の桜の皮からなんとも美しい桜色が取り出せるというのです。大岡さんは、この話を聞いて「春先、もうまもなく花となって咲き出ようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になって最上のピンク色になろうとしている姿」を思い、「木全体の活動のエッセンスが、春という季節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎない」と考えます。

花のように生きたいものだと思うことがあります。人も無理に自分の良い面を見せようとするのではなく、やむをえなくなった時に、自然に花開くのがよいのだと思います。内側に蓄積されたその人の力が、時期が来て満ちるようにして外に現れる。そこにその人の持つ本当の魅力や美しさがあるのだと思います。見られることを意識して、無理にうわべを飾ったり取り繕ったりすることは周りからもすぐに分かりますし、それはむなしいことです。

花は人に見られること、評価されることを気にするなどということはありません。冬の厳しい寒さに耐えて力を蓄え、春という季節の訪れの中で自然に花開くのです。私たちも花のように、自分の中に自然に満ちあふれてくるものを大切にしたほうがよいと思います。日々の生活にしっかり根ざして、自分の力を蓄えることに集中し、専念する。その蓄えられた力が、自然とその人の個性や魅力となって花開くのです。

新しい年度、新しい学年がスタートしましたが、どうぞ皆さんもこの春という季節を転機として、しっかりとした準備と努力を積み重ねながら、勇気をもって着実に新しい自分を作り上げていく、そんな一年にしてもらいたいと思います。以上で年度の初めにあたっての私の話を終わります。


始業式での話(2018・4・7)

校長講話

2018年03月22日校長先生から

皆さんおはようございます。今年度も今日で修了ということになります。それぞれに今年度を振り返り、自分のあり方をきちんと総括して新年度につなげてほしいと思います。今年度も北海高校にとっては、さまざまな方面で生徒諸君がめざましい活躍を見せてくれて、大変よい一年となりました。
北海生のさまざまな頑張りをあらためて讃えたいと思います。その頑張りを新年度にもぜひつなげてほしい、そしてさらに北海のスピリット、北海のスターのマークを輝かせてほしいと思います。

 ひと月ほど前、韓国で開催された平昌オリンピックでは、さまざまな種目で日本選手が活躍しましたが、その中で小平奈緒さんについての話をしたいと思います。いうまでもなく小平さんは、平昌オリンピックにおいてスケート女子1.000メートルで銀メダル、そして500メートルでは金メダルを獲得し、日本中に大きな喜びと感動を与えてくれました。
私自身は、それまで小平さんのことをよく知らなかったのですが、報道されたものを見たり読んだりして、素晴らしい人だと思いました。小平さんは金メダル獲得後の記者会見で、「金メダルはとても名誉なことでうれしいが、メダルを通してどういう人生を生きていくかが大事」と述べ、自身の強みを問われて「自分の生き方を自分で選択できるというところは曲げずにここまで歩んできた。覚悟を持って進みたい道に行くというのは自信を持っている」と答えています。実際、小平さんの歩みをみると、「自分の生き方を自分で選択する」ということをとても大事にしてきたことがわかります。長野県に生まれた小平さんは、長野オリンピックで活躍した清水宏保さん、岡崎朋美さんなどにあこがれて競技者を志します。十一歳の時に現在も指導を受ける結城匡啓コーチと出会い、中学・高校時代は全国優勝を果たし、高校卒業後は実業団チームに勧誘されますが、結城監督がいる信州大学教育学部に進学しました。信州大学は国立大学ですから競技者に特別な配慮があったわけではありませんが、小平さんは全日本の大会で優勝しきちんと単位も取得しています。大学卒業後は病院に勤務、病院のサポートを受けながら競技を続けてきました。
 小平さんは日本を代表するスケーターでありつづけ、2010年のバンクーバーオリンピックの女子団体パシュートで銀メダル獲得するなどの実績もあったのですが、個人種目では最初から世界の舞台で圧倒的な強さを示せたわけではありませんでした。前回のソチオリンピックでは500メートル5位、1000メートル13位という成績でした。ソチオリンピック後、小平さんはスケート強豪国のオランダに練習拠点を移して、オランダ語を勉強し、トレーニングはもちろんスポーツ科学、スポーツ医学なども自力で学んだといいます。2014年にはワールドカップ500メートルで初優勝しますが、ワールドカップに出始めてから9年目で世界のトップに立つことができたことになります。そして今回、31歳にしてオリンピック新記録で金メダルを手にし、世界の頂点を極めたわけです。普通ならとっくにあきらめて引退していても不思議ではないのに、小平選手の活躍を支えているものはなんだろうかと考えます。それは学ぶ力、学ぼうとする意欲、そして自分を高めたいという向上心だと思います。小平さんは日本選手団の主将を務めましたが、「主将として学べることは何か考えたときに、将来に生きてくると思ったので、覚悟を持って引き受けた」と述べています。自分に与えられたものから徹底して学ぼうとする強い姿勢が感じられます。もちろん競技者としての自分を高めるための学びは計り知れないものであったと思います。小平さんはソチオリンピック後の四年間、「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」というマハトマ・ガンジーの言葉を胸に刻み付けて、練習を重ね、創意工夫し自分自身の限界を突破してきました。「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」、この言葉は私も以前から大切に思っていた言葉でしたので、小平さんを支えた言葉でもあると知って驚きました。人間の最も深い知恵に裏付けられた生き方を示す言葉だと思います。小平さんは、自身を三つの単語で表現するとしたらとの質問に、「求道者、情熱、そして真摯」と答えています。情熱をもって真摯(まじめでひたむきなこと)な姿勢で自分の道をどこまでも極めようとする小平さんの生き方は素晴らしいものであり、私たちにも大きな励ましとなると思います。
 小平さんは「ゴールの先に見える景色を楽しみに準備を進めたい」と語って、レースに臨んだそうです。目標を突破して初めて見えてくるものがある。みなさんも学びのプロセスを深めながら、それぞれの目標を突破するためにベストを尽くして人生の新たな景色を切り拓いてほしいと思います。

 明日から春休みですが、どうぞよい春休みを過ごしてください。新年度はまた新たな気持で頑張りましょう。

卒業式 学校長式辞

2018年03月01日校長先生から

式辞 陽射しにやわらかな春の兆しが感じられる今日この頃、一進一退しながらも季節は確実に移り変わっていきます。
本日この佳き日に、学校法人北海学園理事長、また北海商科大学学長でいらっしゃる森本正夫先生をはじめ、北海学園大学学長・安酸(やすかた)敏眞先生、北海学園札幌高等学校校長・大西修夫(のぶお)先生、そして北海学園理事・役員の皆様、校友会、PTA、旧職員など関係各位のご臨席を賜り、また多数の保護者の皆様が見守る中、ここに北海高等学校・第70回卒業証書授与式を挙行できますことは、私たち教職員にとりましてこの上ない慶びとするところであります。北海高校の教育を支えてくださっている皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。

第70期395名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。皆さんの卒業により、北海英語学校以来の卒業生は4万人を超えることとなります。卒業の時を迎えた今、皆さんの胸にはさまざまな思いが去来していることでしょう。私たち教職員も、この3年間のさまざまな場面での皆さんの姿や表情を思い起こし、深い感慨をもって今日という日を迎えております。
この3年間、卒業生の皆さんの活躍には、誠にめざましいものがありました。たとえば硬式野球部は戦後初となる3年連続、38度目の夏の甲子園大会出場を果たし、全国最多出場記録を更新してくれました。試合では、ひたむきでさわやかな北海野球の素晴らしさを実感することができました。また写真部の小林紀衣さんは昨年夏、仙台で開催された全国高等学校総合文化祭写真部門において、最優秀賞ならびに文化庁長官賞を受賞しました。昨年度の弁論につづいての快挙であり、北海高校の文化活動のレベルの高さを証明してくれるものでした。文武両道に渡る各方面での皆さんの活躍を心から讃えたいと思います。皆さんの頑張りは、スターのマークに象徴される北海のスピリットの輝き、そのものであったといえます。

さて、ヴィクトール・フランクルという人の話をしたいと思います。オーストリアの精神医学者・心理学者で、人間の生きる意味を核として独自の心理学を切り拓いたことで有名な方です。1942年8月、ウイーンの街で精神科医として活躍していたフランクルはナチス・ドイツによって逮捕され、それから2年8か月の間、アウシュヴィツを始め四つの強制収容所で過酷な日々を過ごさなければなりませんでした。奇跡的に生還することができたフランクルは、『強制収容所における一心理学者の体験』という本を書き著しました。日本語訳では『夜と霧』というタイトルがつけられています。この本は世界中で大きな反響を呼び、20世紀における最も重要な書物であると言われています。

 そのフランクルは、人間の生きる意味について、独特の考え方を提示しています。私たちは時に、「自分は何のために生きているのか」「この人生に意味なんてあるのか」と思い悩むことがあります。しかし、フランクルは、私たちが「生きる意味があるのか」と問うことは、はじめから誤っていると言います。なぜなら、人生こそが私たちに問いかけ、私たちはその「人生の問い」に答えなければならない存在であるからだと言うのです。フランクルは「人生はわれわれに毎日、毎時間、問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならない。人生というのは結局、人生の意味の問題に正しく答えること、人生が各人に課する使命を果たすこと、日々の務めを行うことに対する責任を担うことにほかならない」と述べています。

 今、私たちは豊かな社会といわれる中に在って、「人生から何を期待できるか」という考え方、生き方にすっかり馴らされてしまっているように思われます。期待外れから生ずる不平・不満を多くの人々が抱えているのではないでしょうか。フランクルが言うように、発想を転換して、私たちはあらゆる場面において人生から期待されている存在、人生から問われている存在であると考えてみてはどうでしょうか。フランクルは、どんな時にも人生には意味がある。どんな人のどんな人生にも、なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。あなたを必要としている「何か」があり、あなたを必要としている「誰か」がいて、そしてその「何か」や「誰か」はあなたに発見され実現されるのを待っているのだと言っています。

 生きることは、人生から問われていること。そしてその「人生の問い」に答えること。自分は人生から何を問われているのか、そしてその「人生の問い」にどのように答えたらよいのか。人生からの問いかけにしっかりと耳を澄ませ、そして誠実に勇気をもってその問いに答えてゆく。そこに私たちひとりひとりにとっての生きる意味と価値が実現されるのだと思います。皆さんがこれから歩む人生の道のりでは、人生からの厳しい問いかけ、困難な問いかけに答えなければならないことも少なくはないでしょう。しかし人生からの問いかけにしっかり向き合い、正しく答え続けるためにこそ百折不撓であってほしいと思います。困難や苦難を乗り越え、生きる糧としてこそ、人はそれぞれにかけがえのない命の花を咲かせることができるのです。
 情報化社会、グローバル社会といわれ、速さと便利さ、経済的利益ばかりが価値あるものとして追い求められる現代という時代。そうなればなるほど人間として生きることの実質が失われてゆくのではないか、人間として生きることのありようが雑なものになっているのではないか、そんなふうに思うことがあります。人生からの問いかけに正しく答えるということは、言葉をかえれば日々の生活を丁寧に生きるということです。カトリックのシスターで教育学者だった渡辺和子さんは、「一つひとつの物事に、一人ひとりの人に心をこめて接してゆこう。一日一日に自分の人格をきざみつけてゆこう。そこに自分にしかつけられない『生の軌跡』がつけられてゆく」と述べています。「生きる意味」や「人生の価値」は、決して遠くにあるものではありません。「生きる意味」や「人生の価値」は、日々の生活の営みの中で、人生からの問いかけに丁寧に答える形で、私たち自身が発見し、また創り上げてゆくものです。そのことをぜひ忘れないでほしいと思います。

 結びとなりましたが、保護者の皆様、お子様のご卒業、本当におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。またこの3年間、北海高校の教育にご理解とお力添えを賜りましたことに、あらためて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

卒業生の皆さん、お別れの時がきました。卒業は新たな出発の節目に他なりません。卒業生の皆さんは、北海高校での3年間の生活を終え、それぞれ次のステージでの生活をスタートさせることになります。どうぞ北海高校の卒業生であることに誇りをもち、それぞれが選んだ道をしっかりとした足取りで歩んでください。私たちは現在、変化が激しく、かつ困難な課題の山積する時代を生きています。そんな時代であるからこそ、現象に翻弄されることなく確かなものを見極め、困難に屈することなく未来を切り拓く、そんな人間像が強く求められています。それはいつの時代にも北海高校がめざしてきた人間像でもあります。卒業生の皆さんが、困難を乗り越えて逞しく生き抜き、新たな時代を切り拓いてくれることを心から期待しています。重ねて、自分らしく、よりよく生きるためにこそ百折不撓であれ、そう切に願ってやみません。
卒業生の皆さんの前途に幸多からんことを祈念して、以上、はなむけのことばといたします。
平成30年3月1日           
北海高等学校長 山崎 省一

校長先生のお話

2017年12月21日校長先生から

みなさん、おはようございます。ただ今、表彰を行いましたが、今年も運動部・文化部などさまざまな分野でそれぞれに本当によく頑張ってくれたと思います。文武両道をめざす北海生の活躍を心から嬉しく思います。

さて、グリット(grit)という言葉があります。本来は砂利という意味ですが、砕けた言い方で、「がんばり、根性」という意味で使われるのだそうです。このグリットは、ビジネスやスポーツなど様々な分野で成功を収めた人がもつ、共通する要素として注目されるようになった言葉です。遠い目標に向かって、モチベーション、情熱を失わず、長期間にわたって粘り強く努力を続け、途中であきらめることなく最後まで物事をやり遂げる、そんな力のことをグリットというのです。何事かを成し遂げ、成功するためにはこのグリットが不可欠です。
 
全て物事を成し遂げるプロセスには、必ずある種の単調さがあるものです。勉強でもスポーツでも、あるいは芸術の世界でも、成果を出すまでには単調な作業やトレーニングに耐えて、それを続けていくことが必要です。人はしばしばその単調さに耐えかねて、諦めてしまい、結局物事が成し遂げられないということになってしまいます。単調さに耐えるためには、折に触れて今自分は何のためにこれをしているのか確認し、意味づけをしながら、モチベーションを保ち続けることが重要です。「fruitful monotony」という言葉があります。「実りある単調」ということです。
続けることでしか得られないものがあります。勢いで何かを始める事はできる。終わるのも簡単です。ただ続けていくことだけが難しい。物事を続けて、継続を力にするためには、「実りある単調」を創り出すことが何よりも大切なことです。勉強はもちろんですが部活動などでも、それぞれのプロセスで意味づけをしっかりとしながら単調さに押しつぶされず、工夫と改善を重ねて目標を達成する、そんな視点をぜひもってもらいたいと思います。

 今年も残すところあとわずかとなってきました。明日から冬休みに入ります。年末・年始が間に入った長期休業ということになりますが、寒さ厳しく体調を崩したりしやすい時期です。それぞれに規則正しく充実した休みとなるよう心がけてください。特に3年生でこれから受験というみなさんは、ラストスパートということになりますが、悔いのないよう最後までベストを尽くして頑張ってください。
 以上で、私の話を終わります。
全校集会(2017・12・21)

前期終業式 校長講話

2017年09月29日校長先生から

今日で前期が終了し、今年度も半分が過ぎたことになります。
3年生はいよいよ進路決定の大切な時期を迎えます。それぞれの進路目標の実現に向けて、最後までベストを尽くして頑張ってください。
2年生はこれから修学旅行ということになりますが、とかく中だるみが指摘される時期でもあります。2年生の後期をどう過ごすかということは、進路目標の実現のためには決定的に重要であるといってよいと思います。将来をしっかり見据えながら、メリハリのある生活を心がけてほしい。
1年生は、進路決定の第一歩ともいえる選択調査などがあります。進路学習を深めなければならない時期です。
それぞれに自分に与えられている課題、なさねばならないことをしっかり認識して具体的な取り組みを進めてほしいと思います。

前期は野球部が3年連続で甲子園に出場したり、写真部が全国高等学校総合文化祭で最優秀賞・文化庁長官賞を受賞したりと、昨年に引き続き運動部・文化部ともに君たちの活躍が目覚ましかったと思います。それぞれの個性を磨き、お互いがそれを認め合い、切磋琢磨しながら励まし合い、支え合う、これからもそんな北海高校でありつづけてほしいと願っています。
 
 さて、近年よく使われるようになった言葉に、レジリエンス(resilience)という言葉があります。もともとはストレスと同じく、物理学の用語でした。物理学では、ストレスは外圧による歪み、レジリエンスは歪みを跳ね返す力のことです。これらの言葉は心理学でも使われるようになり、心理学用語としてのレジリエンスは、精神的な回復力、復元力といった意味で使われます。つまり逆境やピンチ、トラブルを乗り越えたり、強いストレスに対処することができる精神力のことをレジリエンスというわけです。
 このレジリエンスという言葉が注目されるようになったのは、時代が大きな変革期を迎え、先行きの不透明な混沌とした状況の中で、人々が過剰なストレスを抱え込むようになっているからです。強いストレスを跳ね返し、変化に対応しながら生き抜いていく、そのためにレジリエンスは必要不可欠というわけです。
 物事を否定的な面ばかりで考える、少なすぎる判断基準で二者択一的にたとえば勝ち負けと決めつけてしまう、当然〜すべきだ、せねばならないという考えにとらわれる、他者の評価を全面的に受け入れてしまう、すぐに他と比較して考えてしまう、みなさんもよくあることだと思いますが、そういうことはレジリエンスを弱めてしまうのだそうです。
 それでは、レジリエンスを強めるためにはどうしたらよいか。ふたつのことを話しします。ひとつは、自分の意志でコントロールできない気分や感情にできるだけとらわれず、コントロールが可能な行動や思考を変えることに力を注ぐということです。私たちはとかく気分や感情に支配されて、マイナスの状況をさらに悪化させることが少なくありません。どんなふうに考え方を変えたらよいか、どんなふうに行動を変えたらよいかということに意識を集中させることが、レジリエンスを高めるために最も重要なことです。
 もうひとつは、意外に思うかもしれませんが、感謝の気持ちを持つ、感謝の気持ちを育むということです。感謝の反対は「当たり前」です。「当たり前」という思いが、そうでなかった時にネガティブな思考や、不平不満、大きなストレスを生み出す原因になります。ありがたいという感謝の気持ちをもつことは、実は物事を肯定的に受け止めるための大きなポイントであり、よりよく生きていくための大きなカギとなっているのです。
 
 北海高校のモットーは「百折不撓」ですけれども、「百折不撓」であるためには、レジリエンスという精神的な力が必要です。気分や感情に振り回されず、思考や行動をよりよく変えることに集中する、感謝の気持ちを育む、それぞれのレジリエンスを強くするためにぜひ考えてみてください。

 後期は比較的落ち着いて過ごせる期間だと思います。それぞれの目標に向かってさらに頑張りましょう。以上で、私の話を終わります。

全校集会 校長講話

2017年08月18日校長先生から

全校集会の話(2017・8・18)

夏休みが明けて、今日から授業が再開されます。久しぶりでみなさんの元気な顔を見ることができて、大変うれしく思います。
3年生はいよいよ具体的に進路を決定しなければならない時期がやってきました。与えられている時間はそう長くはありません。とにかく一日一日を大切にして密度を高め、よりよい進路の実現に向けて頑張ってください。1・2年生も将来を見据えながら、意思決定しなければならないことが多い時期となります。しっかり自分と向き合い、その時々になすべきことをきちんと果たしてもらいたいと思います。

この夏休みは野球の全校応援から始まりました。みなさんの応援の力もあって、野球部は戦後初めてとなる3年連続の甲子園出場を果たしました。試合は惜敗という残念な結果とはなりましたが、北海野球の確かさを感じさせる立派な試合内容であったと思います。
この後、表彰や報告がありますが、夏休み中に全国大会などに出場した各運動部・文化部はそれぞれよく頑張りました。とりわけ、宮城県仙台市で開催された全国高等学校総合文化祭に出場した写真部の小林紀衣さんは、最優秀賞ならびに文化庁長官賞を受賞しました。昨年の弁論部につづく快挙です。また例えば、新体操部は山形県で行われたインターハイで、昨年の順位を大幅にアップさせて17位となったり、合唱部が北海道科学大学高校と合同できわめてレベルの高い札幌地区のNHK音楽コンクールに出場し、金賞を受賞したりしています。それぞれ与えられた条件の中で、ベストを尽くして頑張っていることを讃えたいと思います。

「明珠、掌に在り」という言葉があります。「明珠」は大切な宝物、「掌」は手のひらのことです。本当に大切なもの、例えば真理とか幸せなどは、全て私たちの手の中、身近なところにある。しかし、私たちは宝物を自分の手に握りしめていながら、それに気がつかずに、あちらこちら遠くまで探し回ったりする。「今、ここ」にある宝に気がつかず、「今、ここ」をないがしろにして、よそに心をひかれたりする。自分自身振り返ってみても、とかく若い頃には、そんな傾向が強いように思います。
「青い鳥」という童話、幸せの青い鳥を求めて旅に出たチルチルとミチルが、旅の末に幸せは身近なところにあることに気づく物語を皆さんもよく知っていると思います。私たちは、身近にある本当に大切なものを見失っているのではないか、時に振り返ってみることが必要なのではないかと思います。残念ながら、私たちは失って初めて大切なものが何であったかを思い知ることもあります。自分の家族や友人との生活、学校で勉強ができる、部活ができるということ、あたりまえだと思っていることの中に、「明珠」=本当に大切なものがあります。さらにいえば、本当に大切なものは、私たちの心の中にあるといってもよいでしょう。日々の生活をどんなふうに生きるのかを決めるのは、ほかならぬ私たちの心です。
ないものねだりをしたり、遠くにあるものに気を取られ不平不満を抱くのではなく、自分が必要とするものはすでに自分の中にあると思い定めて、自分が持っている力をどのようにして正しく使うかを考える、そして日々の生活、日々の営みの中から大切なものを見出してゆく。そのことが豊かな人生を作り上げてゆくことの出発点であり、また到達点でもあると思います。
人生はいつも「いま、ここ、自分」を生きることです。人生で大切なものも、
「いま、ここ、自分」の中にあるのです。「いま、ここ、自分」が充実したものとなるよう心掛けてほしいと思います。
心を新たにして今日からの学校生活、また頑張りましょう。
以上で、私の話を終わります。

全校集会・開校記念日を前に(2017・5・15)

2017年05月17日校長先生から

132年前の明治18年(1885年)3月15日、現在も中島公園にある豊平館の大広間に140名余りの青年が集まり、北海高校の起源である北海英語学校の開校式が行われました。北海英語学校は、当時まだ中等教育機関がほとんどなく、学ぶ機会をもつことができなかった地元の若者を札幌農学校(現在の北海道大学)へ進学させたいという、大津和多理先生らの熱い思いによって設立されました。
大津和多理先生は、札幌農学校の3期生、1期上には内村鑑三・新渡戸稲造・宮部金吾といった著名な人々もいました。
現在開校記念日は、明日5月16日ですけれども、それは1901年(明治34年)に道庁が正式に認可した北海英語学校中学部の入学式が行われた日にちなんでいます。北海英語学校中学部は、その後1905年には文部省の認可を得て、私立北海中学校へと発展しました。戦前、義務教育は小学校まででしたので、中学校で学ぶことができたのは限られた人たちでした。旧制中学は5年制で学べるのは男子だけ、女子は高等女学校で学びました。ちなみに、公立の伝統校である札幌南高と西高校は中学、北高と東高は高等女学校でした。
北海英語学校の創立から132年、現在の北海学園は二つの大学、二つの高校を擁し、学生・生徒数は合わせて1万人を超え、北海道を代表する私学としての地位を確立しています。
さて北海高校には、建学以来の基本精神を表す「百折不撓」という言葉があります。もともと中国の古い石碑に刻まれていた言葉ですが、何度挫折しても、失敗してもくじけない、どんな困難に出会ってもくじけない、そういう強い精神のありようを示す言葉です。
この「百折不撓」という言葉を、北海生はとても大切にし、心の支えとしてきました。それは、戦前でいえば、北海中学はたとえば札幌一中(現在の札幌南高校)
や二中(現在の札幌西高校)といった公立中学の受験に失敗した生徒が少なくなかったし、また北海中学は公立中学の中退者や、身体に障害をもつているために公立の中学を受験させてもらえなかった生徒、家庭の経済状況の厳しい生徒など、さまざまなハンディをもつ人々にも広く門戸を開いていたからだと思います。北海生には挫折を経験したり、ハンディを背負った者が少なくなかった。「百折不撓」は、そんな北海生の心の拠り所、心の支えであり、同時に北海生の心を結び付け、強い愛校心を生み出す核となったのだと思います。北海の歴史は、一面で敗者復活のドラマであり、負けじ魂の精神史です。そのドラマの中から画一化されない、さまざまに個性的な多くのすぐれた人材を生み出してきたのです。
北海高校の卒業生に和田芳恵さんという文学者がおります。芳恵といっても女性ではなく男性です。長万部の出身で函館商船学校に進学しますが、中退して、1922年(大正11年)に北海中学に編入学し1925年(大正14年)に卒業しました。近代を代表する女流作家である樋口一葉の研究家として確固たる位置を占めるとともに、小説家としても活躍し「短編小説の名手」と称されました。和田さんは日本芸術院賞、直木賞、読売文学賞、日本文学大賞など数々の文学賞を受賞したすぐれた文学者です。その和田さんが1970年(昭和45年)5月に母校であるこの北海高校を訪れて講演し、その折に書いていただいた色紙が本校の図書館に飾られております。そこには「歩いたところから道になる」という言葉が書き記されています。
和田さんの人生の道のりは決して楽なものではなく、むしろ非常に苦難に満ちたものでした。北海中学に在籍した当時も、破産して困窮する一家を支えるために代用教員として働かざるをえず、授業も受けられないという過酷な状況にありました。そんな和田さんを担任やクラスメイトが支えて勉強の手助けをし、教頭が育英資金を出してくれる資産家を探し出してくれたりしたのでした。和田さんは後にその作品の中で、「私は思わぬことがはじまっているので、どうしたらいいかわからない戸惑いを感じた。あまりにも北海中学が、貧しい生徒に親切すぎると思われた」と記しています。さまざまな困難や不利な条件を抱えた生徒たちをも受け入れ、支え抜き、その可能性を信じ続けたことは、北海の教育精神の強さと確かさの証しであったと思います。和田さんの文学との出会いも北海中学時代のことでした。北海中学は和田さんの人生の原点であったと言っても過言ではありません。
社会に出た後も、和田さんの人生は経済的困窮や病気など、決して恵まれたものではありませんでした。けれども和田さんは自分の道を歩き続けることで、かけがえのない立派な人生を創り上げていきました。和田さんが長い不遇な時代を経て、数々の円熟した作品を発表し、世に認められ高い評価を得たのは、晩年になってからのことです。直木賞を受賞したのは58歳の時であり、「最も遅れてきた作家」と称されたこともありました。著名な小説家である吉行淳之介は、和田さんを評して「和田芳恵氏の晩年は、文学の世界で起こった奇跡のようにみえる」が、「やはり長年の蓄積の上に咲いた花である」と述べています。和田さんは、度重なる不遇にも屈せず、暗く長い道を一歩一歩歩き続けることで、文学という自らの世界を切り拓き、その晩年に見事な大輪の花を咲かせたのです。和田さんの人生こそは「百折不撓」の人生そのものであったと思います。
ともかくも、歩き始め、歩き続けなければ、自分の道は拓かれない。時に、つまずくことも、倒れることもあるかもしれません。しかし何度つまずき倒れても、その度に立ち上がり、歩き続けることが大切です。「歩いたところから道になる」。皆さんも、人間としての高い志、北海の星のマークを心に刻み、この北海高校からそれぞれの人生の道の、確かな一歩を踏み出してほしいと願います。